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太陽の塔にのぼった話

 ずっと行きたかった場所に行くのがいいのだと思う。行きたかった場所に行って、思っていたのと違った、と幻滅することがあまりない。行きたかった場所には、ずっと行きたかったという思いが乗っかっている。たとえそれが思っていたのと違ったとしても、もうそこに行くまでに感動する準備が整っている。だからそれを見るだけで感動してしまう。

 大阪に行った。1番のお目当ては太陽の塔だった。大学時代、特に就職活動をしている頃、鞄にはいつも岡本太郎の『自分の中に毒を持て』が入っていた。岡本太郎の言葉で自分を鼓舞し続けていた。どちらか迷ったら危険だと感じる方を選べ。僕は結局どこにも就職しなかった。それから小説家を目指すと言いながらろくに作品を書き上げることもできず、4年後適当に就職活動をして採用してくれた会社に入った。そして今に至る。

 岡本太郎みたいになんて生きることができなかった。自分のことを貫きたくても全然貫くことができない。結局周りが気になってしまう。ずっと中途半端な気持ちで生きている。

 大学時代から、太陽の塔のことは知っていた。いつか行ってみたいな、という思いをぼんやりと抱き続けていた。

 万博記念公園駅に着いて、太陽の塔が見えたとき、あああれが太陽の塔かと思った。その姿はどこか滑稽だ。あんな所に何であんな格好で立っているんだろう。


太陽の塔

 万博記念公園の中を歩く。太陽の塔が近づく。正面から見て、横から見て、後ろから見る。太陽の塔といえば正面から見た姿しか知らなかったから、後ろから見たときが何か一番感動した。後ろ姿も雄々しかった。かなり黒ずんでいる部分もあって、歴史を感じる。両腕が不自然な角度にぴんと張っていて、それが何か岡本太郎らしかった。


正面から見た太陽の塔


後ろから見た太陽の塔

 そこまではある程度知っている太陽の塔だった。太陽の塔に中があるとは知らなかった。日時指定で予約をすれば入れるので、事前に予約しておいて入る。この中が凄かった。


生命の樹


恐竜の時代


腕の中

 太陽の塔の内部には、高さ41メートルの巨大な生命の樹がある。下の方にはアメーバ等の原生生物がいて、上にのぼるに従って進化していく。恐竜の時代を経て、てっぺんの方には猿やクロマニョン人がいる。

 中にこんな壮大なアート作品が展示されているなんて知らなかった。50年以上前にこんなものを作っていたなんて凄すぎる。

 久しぶりに岡本太郎のことを思い出していた。岡本太郎みたいには全然なれなかったし、もうその言葉もほとんど忘れてしまったけれど、文章の奥にあった岡本太郎の熱のようなものは今も覚えている。

 言葉は忘れてしまっても、その人の眼差しは胸に残り続ける。文庫本のカバーにもなっていた岡本太郎のあの激しい眼差し。いつも鞄の中から僕を見ていた眼差し。

 あの眼差しは今も僕の中で生きていて、太陽の塔にのぼって久しぶりにそのことを思い出した。

 自分を賭けることで力が出てくるわけで、能力の限界を考えていたら何もできやしないよ。
 岡本太郎

 もっと自分を賭けてみよう。能力のことなんて考えてもしょうがない。
 そう思った。

 ずっと行きたかった場所に行くのはいい。
 いろんなことを思い出す。新しい発見がある。
 
 さて、次はどこへ行こう。


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