ZYTOKINE「何度でも君/僕を壊/愛したい」の考察 ~道を通せば角が立つ。 倫を外せば深みに嵌まる~
「何度でも君/僕を壊/愛したい」は、前半部分はお互いが我を張り合ってくっついたり離れたりして別れる話。後半は相手に合わせるだけで辛く、結局相手が自殺しようとして巻き込まれるのが嫌で逃げ出す話。
わがまま言いすぎるのもダメだし。我慢するのもダメだし、難しいですね。
「君にその青は似合わない」
お互いの価値観を押し付ける曲です。重なる世界を夢見ました。だけど、恋人を自分色に染めようとする行為が相手に「その青は似合わない」と押し付ける行為でした。青は相手にとっての内なる世界だったのだけど冷たく消えていきます。
「僕の終わりを飾る花」
やさしさ、正しさゆえに厳しいことを言ったけども。関係が崩れたり壊れたりしてしまう曲です。雪月花は相手。相手の横の花を楽しむことも無く名前も知りません。楽しいこと=光がなく、厳しいこと=闇だけでした。
「醒めない夢は醒めないままで」
2人の関係が破綻しかかった状態の曲。幸せな未来や夢を見ていたけども、崩れかかっています。二人は不器用で不確かでした。自分の好みを押し付けすぎたり、無神経に厳しいことを言いすぎたから破綻しかかっています。
「君が探す声はサテライト」
二人は別れて一人に戻り思い出に浸る曲。相手の姿は思い出の中で変わり続けていきます。もう二人の関係がダメだと理解していきます。近くにいたいけど届きません。もし二人の軌道=思いが一致するなら話したい話があります。
「蒲公英」
タイトルだけで意味を示している曲です。蒲公英(タンポポ)の根は深いことが、二人の関係が深いことを示しているのではないと思います。
「君に至る病」
「ヒューリスティックの渇き」
ヒューリスティックは経験則のことです。よりを戻したけども案の定喧嘩ばかりの曲。我が強い二人だったから、許し合うこともできず、何も残せませんでした。わかりない関係だと再認識しただけです。
「槿」
タイトルで意味を示す曲です。槿(むくげ)は朝に咲いて夕方にしぼんでしまう命の短い花です。命が短いことが、仲直りした関係がすぐに壊れてしまうことを示しています。
「いつかの君が横たわる」
我の強い二人はかみ合いませんでした。関係は終わり、ごめんねと伝えたい言葉も伝えられずに涙しか出てきません。かつての二人が懐かしい。関係を大事に生きたかったと嘆きます。
「週末帰航のシャーデンフロイデ」
シャーデンフロイデは他人の不幸を目にしたときに感じる喜びのことです。一人になり、休み、そして、過去自分に起きたことを幾分他人事のように見ることができるようになってきました。ある意味喜びでもあります。しかし、まだ静かに幕を下ろすまでには至っていません。
「孤独の破片」
別れてだいぶ思い出が朽ちてきました。あたかも鎮魂歌が響くようにです。しかし、過去の相手の思い出の破片が時折痛いです。まだ相手に会いたい気持ちが残っています。
「コピーキャットに銀の風」
新しい相手ができました。以前の恋は我を出しすぎたので、今度はだいぶ抑え、相手に合わせています。相手に合わせることを指してコピーキャットと言っています。無理に合わせているため痛い。自分が自分でなくなっていくような気がします。
「今はただ何も言わずに」
新しい恋人がいることで別れる不安に怯えなくなりました。だけども、無理して合わせすぎているから、物事に対する感動が薄れ、生きても死んでもいない状態になっています。かといっても別れて幕を下ろす気までは起きません。
「桃花心木」
タイトルだけで意味を語っている曲です。桃というのは非常に繊細な品物です。次の未詳哀歌も併せて、新しい恋人は非常にメンタルを病みやすい人だったのではないかと考えます。
「未詳哀歌」
。
「何度でも君を」
新しい恋人とも別れました。恋人と愛し合うというのは、何らかの形で相手を変える。つまり壊すという側面もあるのでしょう。自分と会う相手を見つけ、すり合わせるのは長い旅のようなものです。しかし過去の恋人の思いが募ります。
「濡羽」
タイトルで意味を語る曲だと思います。過去の涙で動きづらくなった羽のことだと推測します。
「JAPANIZED BLUE」
交わらないはずの線が交差する奇跡。いくつもの可能性が通り過ぎていく。このCDで示す交差する奇跡と可能性こそが男女の出会いと別れのことなのでしょう。
まとめ
特に恋人相手には我儘を聞いてくれることを願います。もちろん相手もこちらに我儘を願うのでしょう。あまりにお互いを尊重せずに衝突するだけでは別れるだけです。一方で無理しすぎて合わせるだけもしんどいですし、自分の身を守らないと自分の破滅に繋がります。
なお、副題は京極 夏彦 「後巷説百物語 」から取っています。
「道を通せば角が立つ。
倫を外せば深みに嵌まる。
彼誰(かわたれ)誰彼(たそがれ)丑三刻に、そっと通るは裏の径
所詮浮き世は夢幻と、見切る憂き世の狂言芝居
身過ぎ世過ぎで片をばつけて、残るは巷の怪しい噂―。」
恋人通しのみならず、人間関係自体がぶつかるか、折れるか、別の道を探し続けるか、そのようなものなのかもしれません。ぶつかるか折れるかの描像がこのCDではないかと思います。
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