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【琥珀色の告白】小説家の恋文_ふるたみゆき

書きあぐねた手と琥珀

書きあぐねた恋文をひとまず書物机の抽斗へ仕舞っておいて、ヴァイオリン・ケースをひらきました。
音楽小説の構想を練るとき、楽器にふれてアイディアを思い付くことが多いものですから、趣味の楽器はいつも手近に置いています。
しかしこの日に限って、わたしの手は飴色のヴァイオリンではなく、その傍の小さな琥珀にふれたのでした。通称、『松脂(まつやに)』。松の樹液から成る琥珀です。ヴァイオリンの弓に塗って、弦との摩擦で艶やかな音を生み出すためのものです。

さて、幼少の頃より手に馴染んだこの宝石をあらためて、冬の陽にかざし見れば。ほのかに蜜のような薫りがします。戯れに耳へも当ててみます。すると。
琥珀と恋文の共通点に思い至りました。

琥珀と恋文の共通点

1.長い時間をかけて、美しい宝石になること
初めてお会いした時から、あなたの存在を千年も忘れ難いものだと思いました。揺られ、描かれ、練られた想いを形に。すなわち恋文です。

2.高温で熱すると溶けてしまうこと
恋文も、感情の昂ぶったままに書くと却って文章が拙くなります。大人の恋は適温にて。

3.愛する人への贈り物として、古来より重宝されてきたこと
古代ギリシャで『太陽の輝き』と讃えられたこの美しさ。愛する人への贈り物として、これ以上の品がありますでしょうか。

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すると突然、恋文の続きがひらめきました。書ける。書けます。書けるはず。急いで便箋を取って、

『星の輪の めぐりの深き 君いずこ』

と勢いよく書きつけてまた、書きあぐねてしまいました。

冬の午後の陽が射して、琥珀が微笑みます。
焦らず、嘆かず、時間をかけて。この輝きをゆっくりと練ることにします。

【筆者プロフィール】ふるた みゆき / 小説・脚本
京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務。ライフワークとして、幻の名曲をめぐる物語『旅するピアニストとフェルマータの大冒険』を制作中。並行して、同作のオーディオブック音楽劇の脚本を担当。
2022年は片山柊ピアノリサイタルほか、京都ノートルダム女学院 中学高等学校オーケストラクラブ、京都フィルハーモニー室内合奏団との共演にて、音楽劇の新作上演を予定している。2022年3月、監修・解説を手掛けた翻訳書、『創造力は眠っているだけだ』(原題『Le Déclic Créatif』ヤロン・ヘルマン著)を、プレジデント社より刊行。
公式HP:https://www.furutamiyuki.com/home

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