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仕事終わりにケーキを君に/短編小説

20:30。
「っあー疲れた」
言うつもりもない独り言がため息と共に出てしまい、咄嗟に周りを見渡す。
良かった。誰にも見られていない。
そう安心するも、誰かに心配されたい思いが逆に芽生えた。

「...がんばろ」
早く帰社して期間限定のアイスクリームを食べるという自分へのご褒美を考え、少し気合いを入れ直す。


今日は金曜日。
華金だし飲みに行こう、と言ってた日々が懐かしいと思えるくらいに金曜日感は無い日だった。

定時までの時間は些細な事で電話がよく鳴ったが、自分の仕事範囲としては何一つ問題は無かった。
しかし、後輩の大きなミスをカバーする為フォローに入ってから抜け出せない。
と言うよりも、一人でさせたら危ない気がしてずっと見守ってしまっていた。


22:40。
さすがに23時になったら帰って、残りは明日の午前中だけ出勤してやらない?
そう後輩に提案した後の事だった。
後輩は「今日のお詫びに飲み物買ってきます」と言い走って出て行った。


二人だった時にも一角だけ明るいこの場所はガランとしていたが、
一人になった途端に時が止まったかの様に静かになった。
大きく息を吸い、背筋を伸ばす。
「はぁ、疲れた」
誰も居ないと分かっていた為か、自分の耳に聞こえる様に独り言を呟いた。


「田原本、まだ残ってたか。お疲れ」

背後から急に話しかけられた事に驚き、うわっと勢いよく振り向くと、笑いながら私の近くに先輩が来ていた。
それも21時前には帰社した先輩がラフな服装で立っていた。
いつもと違う姿にドキッとする。

「あ...あれ?結崎さん、先に帰られたはずじゃ...」
ああ、一度帰ったよ。そう呟きながら私のPC画面を覗き、状況を把握し始めた。

「おお。もうここまでフォロー出来たのか。相変わらず面倒見良いなぁお前」
そう発した後、私の目を見てお疲れ様、と改めて労ってくれた。

「ありがとうございます。...えっと何故いらしたんですか?」

質問をした途端、先輩は思い出したかの様に背負っていたリュックから紙袋を取り出した。

「今日さ、俺の姉貴がうちで飯食いに来てたからケーキ持って来ててな。余りモノのお裾分けしに来た」

そう言うと、姉貴パティシエだからー、と変わらない笑顔で続ける。

「それで田原本頑張ってるの見てたし、甘いモノ好きなのも知ってるし、持ってきた」

慣れた手付きで白い立方体の箱を開け、私に見せてくる。


「え!これ!ここのケーキ屋さんって東京に2店舗しかないケーキ屋さんですよね!?」

店名を見ただけでも分かるほど、カフェするのに2時間待ちが当たり前の有名なケーキ屋だった。

「そうそう。姉貴はあそこの副店長兼パティシエだから」

さも当たり前かの様に応えられ、やっぱり田原本は知ってたかー、
と言いながら隣の席に座り、持参していた紙皿に盛り付け始めてくれていた。


「あ、そうそう。このケーキ一つしかないから。その...あいつには内緒、な」
あざとく口元に人差し指を立てて爽やかに微笑まれる。

「え、じゃあ、わざわざこのケーキ一つの為に持ってきてくれたんですか?」

「そういうこと!俺が帰る前に疲れたって独り言呟いてたし、心配だったから...さ」

そう言われ、思い出す。
誰にも聞かれていないと思っていたが、聞かれていたとは。
恥ずかしくなりながらケーキを受け取った。

「すみません。ご心配おかけしました。あ、でも元気ですよ」
そう伝え、食べるのが勿体無いと思える程の美しいケーキを口に頬張った。

うわ、美味し過ぎる。
そう呟くと、私の顔をずっと見ていた先輩は嬉しそうに笑い、深く座り直した。



食べ終わる頃、後輩が帰ってくるの遅すぎると思い心配になっていた。
それが伝わったのか、
「あいつなら23時過ぎまで時間潰してこいって缶ビールあげたから、まだ戻って来ないよ」と伝えられた。

「何でですか?あ、ケーキ足りないからか!」
そうでしたそうでした、と笑いながら答えると、
「まぁそれもあるけどちょっと違うな」と言われた。



「23時までの間はお前と二人きりになりたくて」

そう言い終えると、先輩はさっきとは違う微笑みを私に向けた。






あれから2年が経つ。

私は相変わらずあのケーキが好きで、何度もお店に通っていた。

実はあの後、お姉さんと話す事が何度かあり、一つの事実が分かった。
それを知った時、私は彼と同じ苗字になる事を決めた。

「私、そんなわざわざ実家にケーキなんて持って帰らないわよ。
確かあの日は、あいつ閉店してから来て、わざわざお金払って買ってたわよ。貴女の好きなモンブランを」




チョコレートに牛乳


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