ピンクのハートありえん同盟
ずっと女らしくはいられん問題
今現在私は髪型をベリーショートのツーブロックにしていて、かなりメンズライクなルックスをしているのだけど、小さいときからずっとボーイッシュだったわけではなくて、ひらひらのワンピースが好きだった時期も、髪を長く伸ばしてきちんと手入れしていた時期もある。
人生を通して、フェミニンとマスキュリンのあいだで趣味がかなり揺れ動いているのだ。
というのも、自分の「女性性」みたいなものを受け入れて積極的に活かしたい時期と、「女らしくいること」に反発して抵抗したい時期とが不規則にやってくるのである。
「性自認が女である」というのは一応28年間変わっていないはずなんだけど、「どのような見た目を選択するか」ということについては、そのときそのときで感じ方がかなり違う。
そうして思い出した。
7歳のとき、クラスメイトのSちゃんと結成した「ピンクのハートありえん同盟」のことを。
フリルとリボンへのもやもや
3歳から中学を卒業するまで、かなり長いあいだ英会話教室に通っていた。
大抵の子は小学校卒業と同時にやめてしまうのだけど、唯一幼児クラスから中学生クラスまで同じレッスンを受けた女の子がいて、Sちゃんという。
Sちゃんは、快活で、足が早くて、誰とでも分け隔てなく明るく接することのできる、サッパリした性格の女の子であった。
「いかに上唇を内側に巻き込んで歯茎を剥き出しにできるか選手権」を一人で開催して、見事な歯茎と前歯を披露する豪胆さの持ち主でもあったので、彼女はみんなの人気者で、当時内気で身体能力の低かった私にとってSちゃんはとてもかっこよく、憧れたものだった。
加えて、当時私はぼんやりこんなことを考えていた。
保育園のころから持っているリボンのついたキティちゃんのリュックサックが、フリルつきの赤いタータンチェックのワンピースが、なんとなくいや。なんとなく違う感じがする。今すぐ脱ぎ捨てたいわけじゃないけど、なんとなくこれはいけてないような気がする。
しかしそれらを言語化することもできず、自分のラブリーな持ち物たちが目に入るたび、なんだかなあという気持ち。
ピンクのハートありえん同盟
英会話のレッスンが終わると、先生がみんなに一枚ずつシールをくれるので、生徒は差し出された台紙のなかから好きなのを一枚選んでおのおののテキストに貼っていくルールになっていた。
その日もいつものごとく生徒たちが台紙に群がり、私とSちゃんにシールがまわってきたころには、台紙に残されたシールはわずか数枚。しかも、それがぜんぶピンクのハートだった。
反射的にちょっといやだな、と思ったものの、そのいやさは「ちょっと」程度のもので、これしかないんだし、我慢できないわけでもないんだし、ハートはかわいいし、と思い、シールを剝がそうとすると、隣でSちゃんが声を上げた。
「えー、私水色の星がよかったな」
えっわかる、というのは現在の私の語彙であるからそのときそんな返事はぜったいにしていないんだけど、えっわかる、としか言いようのない気持ちが体中をめぐりめぐった。
「Sちゃんはハート嫌いなの?」
「だってハートはかわいいじゃん、かっこいいほうが好きだもん」
さらなる衝撃だった。ピンクのハートはかわいい、水色の星はかっこいい。私は今かっこいいもののほうが好きだから、ピンクのハートがいやだったのか。キティちゃんのリボンがいやだったのか。赤いフリルのワンピースがいやだったのか。
その後は先生にかけあって水色の星のシールが二枚もらえたんだったかな。
とにかくその日から、私とSちゃんのあいだに密約が結ばれた。
シールは、できるだけかっこいいのを取るべし。
「ピンクの星と水色のハートだったらどっちがましか」みたいな、しょうもない話もした。「カレー味のウンコかウンコ味のカレーか」について話すときくらいの真剣さで話し合って、結局「ピンクという色がかわいすぎる。ハートだったとしても水色がいい」という結論に達したりした。
あれは、女の子であることへの反逆だったのかなあという気がしている。
7歳児なりに、じわじわ自分の周りを固めだした「女の子らしさ」という概念についてなんとなく反発したい気持ちになっていたのかもしれない。
ピンクのハートを拒否した二人はなんだか共犯者のようで、二人で選ぶ水色の星はいつもきらきらしていた。
あれから
その後、私の趣味は揺れに揺れ動き、パーカーにジーンズのシンプルルックかと思えば森ガール方向に目覚めてシフォンのスカートを履いたり、派手柄のワンピとワンレンでキメたかと思えばショートヘアをオールバックにしてオーダーメイドのメンズスーツを着たり、まあ紆余曲折あるわけですが、あのとき心の奥で眠っていた欲望をあっけらかんと言い当ててくれたSちゃんにはほんとうに感謝している。
私はもうピンクのハートも好きになったけど、今でもわかる。
水色の星、かっこいいよね。
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