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どこへでも行ける代償

自転車のタイヤに空気を入れた。

図書館は緊急事態宣言によって休館だった。特にこれといって借りようと思っていた本はないけど、なにか読みたかった。残念。
借りていた6冊の本を返却ポストへ。

しばらく乗っていなかった自転車は空気が抜けて、走るごとに後輪が不安な音を立てて軋むのがわかる。
このまま家に帰って空気を入れようか。いいや、この近くに自転車屋さんがある。
以前仕事帰りによく空気を入れてもらっていた。気さくな店主さんにいつも「チェーン錆びすぎ。替えたほうがいいよ」と言われるのを、「へへっ、はぁい」とへらへらと返事をしていた。
結局チェーンはまだ替えてない。

久しぶりのその自転車屋さんに着いたころには、後輪のタイヤはもう動きたくないよー!と悲鳴を上げているように重くなっていた。
久しぶりのその店主さんも自転車のあまりのくたびれた様子にギョッとした。

すぐにいっぱいに空気を入れてもらって、サドルに跨る。
満たされたタイヤが喜んで、弾むように私の体重を押し返した。
去り際、店主さんに「マメに空気入れてあげて、あとチェーン錆びすぎ」と言われる。
今回も私は「へへっ、はぁ~い、ありがとうございました~」とへらへらと頭を下げてペダルに足をかけた。チェーン替えるのって値段いくらなんだろう、とこの時ちょっと考える。(直後に忘れてしまう)

足が軽い!さっきまでと全然違う!

どこまでもいけそうな気がする。


暑さがぶり返して日差しが強いのでこのまま家に帰ってもよかったけれど、スイスイ進む自転車にテンションが上がってしまう。

そうだ、ちょっと遠いけど大きな古本屋さんに行ってみよう。
休館で不完全燃焼だった読書欲と自転車の快適さがちょうどよくかみ合った。なんだか楽しくなってくる。
バスか車でしか行ったことがないその店。自転車だとどれくらいだろうか。


片道40分ほどかかった。
遠い。ちょっと遠い、どころではない。
日頃運動不足の私にとってはとんでもなく遠い。

タイヤの空気のおかげで足が軽くなったとはいえ、そもそもが長距離を走るようなスタイリッシュで機能的な自転車ではない。小回りの利くタウン用というか、そういう、やつ…。

道はひたすらまっすぐ。
エモーショナル感じる風景だとか、のんびりできそうな喫茶店だとか、そんなものはない。でかい道路の横をひたすらまっすぐ。
なんにも楽しくない。
暑さでイライラしてきた。日焼け止めを塗ったはずの腕が焦げ臭い。

着いた頃には疲れすぎて、まともに本を物色する気も失せつつあった。
笑う膝を動かして、一応ひととおり棚を見る。
好きな作家さんの文庫を2冊買って外へ出ると、まだ夏日そのものの強い日差し。そりゃそうだ、ここへ来てからまだ1時間くらいしか経っていない。
また炎天下の中サドルに跨る。日が暮れるまで店にいる体力はなかった。
帰るための体力だけは温存しておかなければいけなかった。

自転車置いてタクシーで帰りてえ。


帰りは緩やかな下り坂が多く、行きより早く着いた。

とはいえ次の日までの私の脚は終わった。
膝を中心に脚全体が尋常じゃなくだるくてじんわり痛い。
一日を脚の痛みを感じるだけで終わった。

調子に乗った代償だろうか。
そんなことを考えながら買った古本を開いた。

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