アニーと子豚のサマンサ
それはアニーが11歳の夏の出来事でした。
午後5時35分。
高速道路で数台の車が追突し、数十名にも及ぶ死者と負傷者を出すという大事故が発生しました。
その中には、帰宅途中のアニーとその両親もいました。
この事故でアニーは大怪我を負い、両親は亡くなってしまいました。
入院生活では母親の妹であるミシェルが付き添いました。
毎日泣いてばかりのアニーをミシェルは何とかして元気づけようとしましたが、アニーの悲しみはミシェルが姉を亡くした悲しみよりも深く、心はずっと閉ざされたままでした。
三か月後、退院したアニーはミシェルの養女になりました。
1.子豚がやって来た
退院した後も、アニーの心は閉ざされたままでした。
アニーは窓辺にある椅子に座わり、ベットのわきに置かれている写真立てを見つめながら泣いていました。
それは、子豚に寄り添うアニーと両親が笑っているもので、アニーが三歳の頃、家族で田舎の農村へ遊びに行った時の写真でした。
「アニー!アニー!」
ミシェルの呼ぶ声が聞こえたので、アニーは慌てて頬の涙をぬぐい、リビングに降りて行きました。
「お帰りなさいミシェルおばさん」
そこには、上気した顔のミシェルがいました。
「今日はね、アニーに退院祝いのプレゼントがあるの!」
ミシェルはそう言いながら、赤いリボンがかけられた箱の前に立って手招きしました。
「アニー、こっちへいらっしゃい。さぁ、この箱を開けてみて!」
ミシェルに促されてアニーが赤いりぼんに手をかけると
『コトコト・・』
箱の中から音がしました。
「ミシェルおばさん、箱の中で何か音がしたわ」
「大丈夫よアニー。ほらほら、早く開けてみて!」
ミシェルがあまりにもせかすので、アニーは仕方なくリボンをはずし、箱の蓋を開けました。
「ブヒッ!」
「まあ!子豚だわ!」
箱から飛び出して来たのは子豚でした。
アニーはすぐさま子豚を抱き上げ、目を輝かせました。
「なんて可愛いのっ!あなたは女の子かしら?」
「そうね。確か女の子のはずよ」
「私に妹ができたのねっ!凄く嬉しい!ミシェル叔母さんありがとう!」
アニーの喜ぶ顔を見たミシェルは、子豚を貰い受けて良かったなと思いました。
「ミシェルおばさん、この子の名前だけど『サマンサ』はどうかしら?」
「ブヒッ!」
「あらまぁ、子豚も気に入ったみたいね」
ミシェルとアニーは久しぶりに笑い合いました。
この子豚の出現は、アニーの心を一瞬で暗闇から救い出したのでした。
アニーとサマンサ
アニーとサマンサは、遊ぶのは勿論のこと、食事もお風呂も眠る時も何をするのも一緒でした。アニーはサマンサが来てからというもの、毎日が楽しくて仕方がありません。しかし、一つだけアニーにはどうにもならない事がありました。それは学校です。
アニーは学校へ行っている間、サマンサのことが気になって勉強どころではありませんでした。
授業は一向に身が入らず、ノートにはサマンサの落書きばかり描いてしまう始末です。そんなアニーをクラスメイト達はからかいましたが、どんなにからかわれてもアニーは平気でした。
帰りのチャイムが鳴る10分前になると、アニーはそわそわし始めます。
誰よりも早く学校の門を出ると、ミシェルの迎えの車の窓に鼻をくっつけているサマンサが待っていました。
「ただいまっ!元気にしてた?今日は何して遊ぼうか!」
アニーがそう言うと、置いてけぼりにされたサマンサは、大喜びで鼻を鳴らしながらアニーに飛びつくのでした。
冬になると、アニーは暖炉の前でサマンサに絵本を読んであげたりゲームをしたりしました。とても臆病なサマンサは、風の強い日などは毛布にくるまり顔だけを出してじっと動かずにいます。そんな時、アニーがサマンサの隣に寝転んで歌をうたってあげると、サマンサは鼻をヒクヒクさせながら喜ぶのでした。
ある日、アニーがサマンサの前でふざけて踊ってみせると、サマンサもアニーの真似をして踊りはじめました。つま先で立ちながら軽やかなステップとターンをし、さらにジャンプをしてアニーを驚かせたのです。この時、サマンサにはダンスの才能があると気づいたアニーは、サマンサにダンスの指導をする事にしました。
サーカス団がやって来た!
寒い冬が過ぎ、暖かい春の穏やかな季節になると、庭にはたくさんの花が咲いて新緑の木々には小鳥たちが遊びに来ました。
そよ風が心地良い木陰では、ティーパーティーをするアニー達がいました。
「ねぇ、ミシェルおばさん、サマンサの太ももを見て!こんなところにクローバーのような痣があるわ!」
アニーは、サマンサの左後ろの腿を指差して言いました。
「あら、ほんとだわ!まだ薄っすらだけどクローバーの形をしているわね」
「クローバーだなんて素敵!ミシェルおばさん、これはサマンサのチャームポイントになりそうじゃない?」
「そうね。暫く様子をみましょう」
夏になると、その痣はくっきりとしたクローバーの形になりました。
サマンサはビニールプールが大のお気に入りで、アニーとビーチボールや水鉄砲、時にはプールに洗剤を混ぜてシャボン玉遊びをしました。木陰で昼寝をしたりダンスの練習もしました。
この頃になると、サマンサのダンスは驚くほどに上達していました。
アニーとサマンサのダンスショーが終了してミシェルが大きな拍手をすると、サマンサは誇らしげに鼻を鳴らすのでした。
そんなある日、町にサーカス団がやって来ました。
「アニー、サーカスを見に行きましょう!中でも空中ブランコと、象のダンスが凄いって噂よ!」
ミシェルが頬を紅潮させながら言いました。
「とても楽しそう!でも、サマンサを置いて行くわけにはいかないわ」
「ナイトショーならサマンサもオネムの時間でしょ。その時間だけ私のお友達のジャネットに来てもらう事にするわ。彼女ならサマンサも気心が知れているから大丈夫でしょ?アニーにもみせてあげたいのよ。たまには私に付き合ってくれないかしら?」
「わかったわ」
「では決まりね!」
そう言ってミシェルは、はしゃいで見せました。
ほんとはアニーもサーカス団のことは気になっていたので、嬉しくてその夜は眠れませんでした。
夜のサーカスのテントは、キラキラと輝いてとても綺麗でした。
そのテントの中では、満員の客が窮屈そうに座っていて、ひとつの出し物が終わるたびに大きな拍手が沸き起こりました。
人気の空中ブランコでは、静まりかえった中、観客の固唾を飲む音まで聞こえる緊張感です。アクロバットが成功すると、胸を撫で下ろす人や「おお~っ!」と歓声をあげる人もいて大変な盛り上がりです。
もう一つのメインイベントである『象のダンス』では、まだ子象のエマが二人のピエロの笛に合わせて鼻を上下左右に動かしたり、くるりと回ったりしながら行進しました。その後は中央に置かれた平均台の上に乗り、一歩進む都度に足を振り上げながら渡っていきました。
観客は子象エマの演技に大喜びして拍手をしていましたが、アニーはピエロ達が時折床に打つ鞭の響きに心を痛めていました。
「楽しかったわね!」
ミシェルがまだ興奮が覚めやらぬ声で言いました。
でも、心から楽しめなかったアニーには笑顔がありません。
「ねぇミシェル、あの子象のエマはまだ子どもなのに、何故サーカス団なんかにいるのかしら?あの中に母親はいないみたいだったけれど」
「そういえばそうね・・・ちょっと怪しいわね」
ミシェルはサーカス団に不信感を募らせ、アニーは子象のことが気になって頭から離れませんでした。
サーカス団は町に一ヶ月間ほど滞在して荒稼ぎをすると、また次の町へと巡業の旅に出ます。この町に来ているサーカス団も今夜が最後なので、手分けしてラストショーのチラシを配って宣伝していました。
サーカスで象のエマを先導していたピエロのトムとサムがチラシを配りながら歩いていると、柵の向こう側で何やら軽やかな音楽と少女の声が聞えて来ました。
「サマンサ、そこはタップよ!そしてターン!その調子!その調子よ!」
その声につられて庭を覗いてみた二人は目を見張りました。
「おい、見たかサム!あのステップ!あの豚、ただものじゃないぞ!」
「うん!凄い!あれを団長が見たら、きっと腰を抜かすね!」
「連れて帰ったら、給料上げてくれるかもな!」
「うん。そうだね」
トムとサムは何やら悪巧みを計画し始めました。
翌日、いつものようにプールで遊んだあと、アニーがタオルを忘れたことに気づいて家の中へ取りに行くと、サマンサの後ろからゆっくりと近づいて来る二つの影がありました。
突然、視界が真っ暗になったサマンサは、驚いて悲鳴をあげました。
「ブヒーッ!」
トムとサムはサマンサを盗もうと、朝からずっと物陰からチャンスを伺っていたのです。
麻袋に入れられたサマンサは抵抗してもがきましたが、プールで遊び疲れたこともあってか、直ぐにぐったりとして動かなくなりました。
「よしよし、上手くいったぞ!サム、このまま思いっ切り走るんだ!」
「わかった!」
二人は麻袋を担ぐと、その場から大急ぎで走って逃げました。
タオルを持って庭に出て来たアニーは、サマンサの姿が見えないので、また隠れて脅すつもりなのだろうと思いました。
「仕方ないなぁ・・・」
そう言ってアニーは、ゆっくりと庭の中を探しました。
しかし、いくら探してもサマンサは見つかりません。
「サマンサ~!隠れてないで出て来なさぁ~い!」
何度呼んでもやはり出て来ません。
アニーはだんだんと胸騒ぎがしてきました。
「サマンサ~っ!!どこにいるの~ぉ!」
「アニー、どうかしたの?」
アニーの叫ぶ声にミシェルも庭に出てきました。
「サマンサが消えたの!」
「消えたって、どこに?きっと、どこかに隠れているのよ」
「いいえ、どこにもいないわ!サマンサの身に何かあったのよ!」
「もしそうなら大変なことだわ!すぐに警察を呼びましょう!」
サーカスのテントはほぼ片付けられ、団長はキャビンの中で煙草を吹かしていました。
「団長~ぉ!!」
「お前達!手伝いもしないでどこをほっつき歩いてたんだっ!!」
団長の怒鳴り声に二人はビクッとして肩をすぼめました。しかし、直ぐに得意気な顔になり、トムが麻袋を団長の目の前に差し出しました。
すると、麻袋がゴソゴソっと動きました。
「なんなんだこれはっ!」
「団長が喜ぶものです!なぁ、サム」
「団長はきっと気に入ります!」
二人は得意げにそう言いました。
団長は麻袋を突つきながら二人を睨みつけ、煙草を揉み消しました。
「つまらんものなら、ただじゃおかんぞ!見せてみろ」
そう言われて、二人はにやけながら麻袋を開けました。
急に視界が開け、三人の男達の姿を目にしたサマンサは、驚きのあまりキャビンの中を走り回りながら出口を探しました。
「取り押さえろ!」
団長の声が響き渡ると、二人はすぐさま逃げるサマンサを追いかけ、やっとのことで取り押さえました。
「お前達!こんな子豚なんぞ拾って来おって!どこにでもいる、ただの豚じゃないか!」
「団長!こいつはただの豚じゃあないんです!」
トムは、昨日見たサマンサのことを一部始終、団長に話しました。
「それが本当ならやらせてみろ!」
団長は椅子に座って様子を見る事にしました。
トムとサムはパニックになっているサマンサをなだめすかしたり、けしかけたりしたのですが、サマンサは怯えているだけでした。
「まぁいい。その子豚については、お前達が責任を持って面倒みるんだぞ!いいな!」
「はい団長!こいつは、たんまり稼いでくれますよ!絶対です!」
「わかった、わかった。そろそろ出発するぞ!」
サマンサを加えた一団は、次の町へと向かいました。
アニーの家には警察が来ていました。
家の周辺や町中を捜索してくれましたが、何の手が借りも得られませんでした。
「もう殺されているかも知れない・・」
アニーはそう言って泣き出してしまいした。
「アニー、そんなことを考えちゃダメよ!サマンサは他の子豚たちとは違うわ!他の町も捜索してもらいましょう。そうだわ!見つけた人には賞金を出しましょう!アニー、サマンサはきっと無事よ・・・」
ミシェルは、泣いているアニーを励ましながら抱き寄せました。
捜索のチラシは町中に配布され、町以外にも貼られました。
サマンサとサーカス団
サーカス団の車は一晩中走り続け、朝には次の町に着きました。
「ここにテントを張るぞっ!」
団長の言葉に、みんなは荷物を下ろし、大きなテント一つとそれよりも小さめのテントを二つ張りました。
大きなテントには舞台と客席が組み立てられ、出来上がった頃にはすっかり夜になっていました。
二つのテントには、サーカス団のみんなと動物たちが眠り、団長は、キャビンの中のベッドで眠りました。
翌朝、他の動物たちが食事をしている中、サマンサだけが食事に手をつけず横たわっていました。すると、そこへアニーと同じ年頃の少女が檻の中のサマンサに声をかけて来ました。
「新入りさんね!私はモナ。可愛いい子ブタちゃん、元気を出してね!」
そう言ってサマンサの頭を撫でると、その少女はにっこり笑って、もうひとつのテントの中に走って行ってしまいました。
サマンサはその少女の後ろ姿をアニーに重ね合わせ、とても悲しくなったのでした。
「さぁ、子ブタちゃん!この音楽に合わせて踊るんだよ」
トムが優しい声でサマンサに言いましたが、サマンサは寝そべったまま動こうとしません。
「いい子だねぇ~。ほらほら、頑張って!僕に君のステップを見せておくれよ。ほら、美味しいクッキーをあげるからさ!こっちへおいで!」
サムがクッキーをチラつかせても、サマンサはそっぽを向いたまま動きませんでした。
そんなことが暫く続き、サマンサの変わらない態度にトムとサムの二人はだんだんと腹が立って来ました。
「もう頭にきた!おいっ!そこのブタ!オレたちをバカにしやがって!」
大きな声で怒鳴ったトムは腰に着けた鞭を手に取ると、サマンサに振り下ろしました。
『ビシッ!』
鞭は、サマンサの顔の横で大きな音を立て、埃が舞い上がりました。
サマンサはその凄まじい音に飛びあがり、その場でぶるぶると震えたのでした。
「やめて!」
声が頭上から聞こえて来ました。
その声は空中ブランコに乗っていたモナからでした。
モナはブランコから降りてくると、サマンサをかばうように覆いかぶさりました。
「子ブタちゃんが怖がっているわ!」
「モナちゃん、コイツがちっとも言うことを聞かないからイケないんだよ!」
トムは困った顔をしながら言いました。
「こんなに震えて・・かわいそうに。ねえ、この子を私に任せてくれない?」
「えっ?いいのかい?そいつは助かるよ!なぁ、サム!」
サムも頷きました。
「子ブタちゃん、もう大丈夫よ!子ブタちゃんに、私のお友達を紹介するわね!さぁ、いらっしゃい。こっちよ!」
モナはサマンサを子象のエマのところに連れて行きました。
「エマ、お友達を連れてきたわ!名前は、え~と・・あなたにはちゃんとした名前があるはずよね」
サマンサが首を傾げると、モナはじっとサマンサを見つめて言いました。
「サ・マ・・ン・サ・・そう、あなたはサマンサ!」
モナには少しだけ不思議な力がありました。
「エマ、サマンサちゃんと仲良くしてあげてね!」
エマは長い鼻を高く上げ、喜びの声を出すと、サマンサの頭を鼻で撫でました。
「サマンサ、エマはあなたが好きみたい!」
サマンサは自分の何倍もある大きなエマを怖いとは思いませんでした。
それどころか、人間以外の友達が出来たことが嬉しくて仕方がありませんでした。サマンサもエマと出会えて嬉しいのだと言うように、鼻を鳴らしてみせました。
その頃、トムとサムが休憩しているところへ団長がやって来ました。
「お前たち!子豚の調教はどうした!」
「それが・・あのブタ、オレたちの言うことを聞かなくて。そしたらモナが面倒見るって言い出したんです!だから、そのぉ~」
「そうか、モナなら安心だな!あの子には不思議な力があるからな!」
団長はそう言うと、笑いながらテントの中へ入って行きました。
「サマンサ、あなたはダンスが上手なんでしょ?私と踊りましょ!」
タンバリンを振りかざしながらモナが踊り始めました。
モナは小さな頃からダンサーだった母親にダンスを教わっていたので、その腕前はなかなかのものでした。
そんなモナのダンスを目のあたりにしたサマンサは、意思とは関係なく体が勝手に動き出し、いつの間にかモナと一緒に踊っていました。
翌日からモナの特訓が始まりました。
モナは午前中をサマンサのダンス指導にあて、午後は空中ブランコの練習に専念しました。午後の暇な時間を持て余したサマンサは、子象のエマと一緒に遊ぶようになりました。仲良くなって暫くすると、サマンサたちの遊びは徐々にエスカレートしていきました。サマンサがふざけてエマの鼻先から背中に乗ったり、エマの鼻がブランコになったり、歩くエマの足の間をサマンサがステップしながら器用に通り抜けたりと、サマンサたちは数種類の遊びを生み出したのです。息の合ったエマとサマンサのこの遊びは、モナと団員たちにとても好評でした。それを見ていた団長は、次の町ではエマとサマンサをショーに出してみようと思いました。
団長はトムとサムを呼びつけ、早々にポスターとチラシを作るよう命じたのでした。
サマンサが居なくなって、何の手がかりも得られないまま一ヶ月が経ちました。アニーは心配のあまり食事も喉に通らなくなり、最近では、ベッドの中で過ごす日々が多くなっていました。
それというのも、この一ヶ月、アニーは電話のベルが鳴るたびに駆け寄り、誰かが訪れるたびに期待して出迎え、サマンサに似た子豚を見つけたと連絡があればそこへ出かけて行ったのでした。
しかし、そのいずれも誤報であったり、悪戯だったりしたため、アニーの心が堪えられなくなってしまったのです。
「サマンサ・・・どうか無事でいて・・・」
今のアニーは神に祈ることしか出来ませんでした。
みんなといる時のサマンサは一見楽しそうに見えましたが、時折寂しい顔になるのをモナは見逃しませんでした。
モナにだけは、サマンサの『アニー』とつぶやく声が聞こえていたのです。
何とかアニーの情報が欲しいと思ったモナはある夜、エマのお腹の上で眠っているサマンサのところへ行きました。
モナはサマンサの頭の上に手を翳すと、ゆっくりと目を閉じ、サマンサの夢の中へと意識を集中させました。
サマンサの夢の中に入ると、アニーと思われる少女とサマンサが楽しく遊んでいました。しかし、突然サマンサだけが闇に包まれ、出口の見えない暗闇の中で『アニー!アニー!』と叫びなら、助けを求めているのでした。
サマンサのアニーへの強い想いと、アニーの顔。そして、どこにあるのか分からないアニーの白い家。
モナに分かったことは、それだけでした。
「アニーが大好きなのね。可愛そうなサマンサ・・・あなたをアニーのところへ帰してあげたい・・」
そう呟いて、モナは深いため息をつきました。
次の町に着くと、トムとサムは団長に言われた通り、サマンサとエマのポスターをあちらこちらに貼りました。道行く人達にもチラシを配りました。
そして迎えた初日には、サーカスのテントは大入りとなり、サマンサは一晩で人気者になったのです。
二日目からは、サマンサを一目見ようとやって来た客が殺到し、追加公演まですることになりました。
賑わいを見せていたそんなある日、サマンサとエマのショーを一番前で見ていた少女が、サマンサを見ながら「あっ!」と小さく声をあげました。
その少女はアニーの友人のミランダでした。
夏休みを両親の実家であるこの町で過ごしていたミランダは、家族とサーカスを見に来ていたのです。
ミランダは家に帰るとすぐに、アニーへ電話をかけました。
「アニー!サマンサが見つかったわ!!」
その言葉を何度も聞いてきたアニーは、すぐには信じることができませんでした。
「ほんとにサマンサだったの?見間違いじゃない?証拠はあるの?」
アニーはミランダに何度も聞き返しました。
「確かよ!クローバーの痣があって、ダンスを踊る子豚なんてサマンサしかいないじゃない!」
「ええ。そうよ。そんなのサマンサしかいないわ!」
ミランダが見た子豚はサマンサに間違いないとアニーは確信しました。
「今すぐ出発するわ!」
「今からなんて無茶よ。アニーの気持ちはわかるけど、サーカス団はまだ暫くはこの町に滞在する予定だから明日でも遅くないわ。私も付き合うから着いたら連絡頂戴!」
「ありがとうミランダ。必ず連絡するわ」
ミランダのいる町までは鉄道を使っても7時間はかかります。
今が何時であろうと、眠れない夜を過ごしているアニーにとっては無意味なことであり、サマンサが見つかったと言うのにじっとしていられる筈もありません。
ミシェルにサマンサが見つかったことを話すと、ミシェルは「直ぐに出発よ!」と言い、自分の荷物とアニーの荷物を手際よくまとめ、30分後には車に乗り込んでいました。
「アニー、もうすぐサマンサに会えるわね!!」
「うん」
この時ほど、アニーがミシェルを頼もしく思ったことはありませんでした。
アニーは緊張で震える体をミシェルに預け、車窓に流れては消えて行く夜の光をぼんやり見ながら、サマンサの顔を思い浮かべていました。
翌日、アニー達の車はミランダの祖母宅に到着しました。
「アニー!早かったね!チケットは何とか従姉妹から譲って貰ったわ!それと、あのサーカス団のことも調べておいたわよ!」」
「ミランダ、何から何までありがとう!」
アニーはミランダに抱きついてお礼を言いました。
夕方のショーまでにはまだ数時間あったので、アニーはサーカス団の詳しい情報をミランダから聞くことにしました。
その頃、サーカス小屋では騒ぎが起こっていました。
「団長~ぉ!団長~ぉ!!たっ、たっ、大変です!!」
「トム!そんなに血相変えて、一体どうしたと言うんだ?!」
「団長!モナに聞いたんですが、あの子豚を取り返しに来るって!」
「トム、それじゃわからんよ!いったい誰が来るというのだ? 落ち着いてちゃんと話せ!」
団長はトムに最初から話すように言いました。
トムが話し終えると、団長は煙草に火をつけて二人に言いました。
「まぁ、お前達のやることはそんなもんだ。モナの情報なら間違いないだろう!さて、どうしたものか・・あの子豚を手放すのはもったいないな」
「団長、申し訳ありません!」
団長は、トムの声など聞こえていない様子で、腕組をしたまま天井の一点を見つめていました。
そして暫くすると、トムに確認するように言いました。
「あの子豚に、何か特徴はあったか?」
「特徴ですか?そうですねぇ・・・」
トムは、顎に立てた人差し指を離してこぶしに変えると、その手をポン!と叩いて嬉しそうに答えました。
「左腿に、クローバーのような痣があります!!」
「そうか」
また団長は考えるように腕組し、そしてトムにテントに行ってコテを探してくるよう命じました。
「コテですか?何に使うんです?」
「証拠がなければあの子豚は、ただの豚だ!そうだろ?」
「なるほど!痣を消すわけですね!」
そう言ってトムはテントに走って行きました。
これから起こる悲劇など知らないモナは、テントの中でエマとサマンサとふざけ合っていました。
「サマンサ、アニーが近くまで来ているよ!私にはわかるんだ!もうすぐ会えるからね!」
モナはサマンサとアニーが再会した時の情景を想像して、自分のことのように嬉しくて仕方がありませんでした。
再会
「トム、サムと一緒にテントに行って、誰にも見つからないようあの子豚をここへ連れて来い!」
団長に言われ、急いでテントに行った二人は、今では警戒心のないサマンサをあっさりと縛り上げ、麻袋に入れました。
「アニキ、ほんとにやるのかい?」
「ああ!もちろんさ!団長の命令だぞ!」
ニヤニヤしているトムの横顔を見ながら、サムの心は暗くなったのでした。
テントにやって来たモナは、サマンサの姿が見えないことに胸騒ぎを感じ、すぐにテントから飛び出しました。
その少し前、アニーもモナと同じく胸騒ぎがしており、ミシェルとミランダと一緒に早めに家を出たのでした。
モナが敷地内のあちこちを移動してサマンサを探していると、アニー達がアーチをくぐって入って来るのが見えました。
「アニー!!」
自分に向かって手を振りながら走ってくる少女にアニーは立ち止まり、首を傾げました。
「あなたはアニーでしょ!私はモナ!サマンサが大変なの!私と一緒に来て!」
「サマンサが?!」
「詳しいことは後で話すわ!今はサマンサを探さなくちゃ!きっと団長のところよ!」
モナは三人を連れて団長のキャビンへと急ぎました。
キャビンの中からは、うめき声のようなものが聞こえて来ます。
モナはキャビンのドアを壊さんばかりに思いっきり開けました。
すると、真っ赤に燃え、チリチリと微かな音をたてた金属が、産毛のある白い柔肌に触れる直前の光景が目に飛び込んできました。
「きゃ~ああああ!」
モナの悲鳴で驚いたトムの手が止まりました。
「叔父さん!やめて!なんて酷いことをするのっ!叔父さんがそんな酷いことするなんて!」
「モナ・・」
「お願い。サマンサをアニーに帰してあげて!誘拐した上に虐待なんて、叔父さんが警察に捕まってしまったら、このサーカス団はどうなるの?私やみんなはどうなるの?」
泣きながら訴えるモナの後ろで、アニーは驚きのあまり声も出せず、膝から崩れ落ちました。ミシェルとミランダも愕然と立ち尽くしています。
「私が悪かった・・すまない。つい、欲を出してしまって・・酷い人間になるところだった。お前達、子豚をあの子に帰してあげなさい」
団長はうなだれながら言いました。
解放されたサマンサは、アニーの腕の中へまっしぐらに走って行きました。
「アニー、とても許されることではないけれど、叔父さんとトム達を、どうか許して下さい!」
モナは泣きながら、アニーの前で深々と頭を下げて誤りました。
すると、アニーの腕に抱かれていたサマンサが、モナの足元で踊り始めたのです。サマンサはモナの涙を見て慰めようと踊り出したのでした。
それを見たアニーは、モナがサマンサをとても可愛がってくれていたのだということに気づき、泣いているモナの肩に優しく手を添えました。
「モナさん、サマンサが無事なら、もうそれでいいの」
「アニー、そしてサマンサもごめんなさい」
モナがもう一度謝ると
「本当に申し訳ないことをしました」
団長もアニーたちに頭を下げて心から謝りました。
サーカスのテント前では今日もたくさんの客が並んでいます。
別のテントでは、出番を待つモナとアニーが並んで椅子に座っていました。
「アニー、あんなことがあったのにいいの?」
「サマンサも出たがっているみたいだし、エマとサマンサのショーも見てみたいの。それに、チケットも無駄にできないわ」
「あの子たちは最高よ」
「ええ。ほんとに。ショーが楽しみだわ。ねぇ、モナ。一つ聞いていいかしら?」
「なに?」
「エマの母親はここにはいないみたいだけど、どうしてエマだけがこのサーカスにいるの?」
「それは・・・」
モナは呼吸を整えてから、その訳を話してくれました。
「私の両親はね、動物が好き過ぎて自分たちで動物園を作ったの。その敷地内には私達家族の家と動物病院もあったのよ。だけどある日、落雷で病院が火事になって動物園は全焼してしまった。その時、運良く生き残ったのが私とエマだったの。父の弟だった叔父さんが私達を引き取って両親の借金も肩代わりしてくれた。そして、叔父さんはエマのためにこのサーカス団を立ち上げたの。だから叔父さんは、ほんとはいい人間なの。トムとサムもね」
「でも、あの二人は鞭でエマを脅していたわ」
「あの鞭はそういう意味のものではないわ。『頑張れ』と動物たちを応援しているのよ」
「そうだったのね。それを知って安心したわ。モナ、私は両親を交通事故で亡くして今は叔母さんと一緒に暮しているの。私たちって、すごく似ていると思わない?」
「ええ。似ているわね」
「モナ、私と友達になってくれないかしら」
「もちろんよアニー。私も同じことを考えていたわ」
こうして誘拐事件は解決し、アニーにはモナという友達ができました。
遠方からのモナの手紙には、いつも『ふたりとも元気そうで何よりです』と書かれていました。
サーカスの人気者だったサマンサは、モナたちのサーカス団が再びこの町にやって来る日のために、ダンスの練習に励んでいます。
アニーの家の庭からは、毎日タンバリンの音と笑い声が聞こえてくるのでした。
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