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flower

どこまでも広い大地にたくさんの花が咲いていました。
花たちは、太陽の日差しを浴びて風に揺られ楽しそうです。
その中で、ひとつの秋桜の花だけが浮かない顔をしていました。

『どうしたの?風と踊らないの?』
 
隣りの秋桜が声をかけました。

『私はつまらない花だわ!向こうにある温室の薔薇になりたかった・・』

『薔薇に?何故?太陽も、空も風もないあの温室に行きたいと言うの?』

『太陽も空も風もないけれど、私はあの美しい薔薇になりたいの。温室はきっと此処よりも素敵な所かも知れないじゃない?ほら、薔薇たちが今日も歌ってる』

『ねぇ、薔薇たちは摘まれてどこかへ運ばれるのよ!何処に連れて行かれるのか誰も知らない。あなたは怖くないの?』

『それはきっと、此処よりも素敵な所よ』

『でも、私たちは秋桜・・どんなに羨ましがっても薔薇にはなれないわ』
 
温室の中では、薔薇たちが美しい声で楽しそうに歌っています。
その中で、一本の薔薇だけが元気がありませんでした。

『みんな何が楽しいのかしら・・外の秋桜や菫たちが羨ましい。私も風と遊びたい・・』

温室からは、秋桜たちの楽しそうな姿が見えました。
秋桜と薔薇は、同時に溜め息をつきました
そして、その様子を風の精が見ていたのでした。

その日の夜更けのことです。
眠っている秋桜のところへ妖精がやって来ました。

『ねぇ、起きて!秋桜さん、起きて!』

『う~ん、まだ夜よ・・』

『秋桜さん、秋桜さんてば!』

『うう~ん、何よぉ~』

『きゃっ!誰?あなたは誰なの?』

そこには、秋桜の花びらを引っ張る妖精がいました。
 
『僕は、ずぅ~と前からここに住んでいる妖精さ!』

『妖精?その妖精さんが、こんな時間に何の用なの?』

『君、薔薇になりたいんでしょ?』

『ええ、なりたいわ!でも・・・』

『いい方法があるんだ!』

妖精の話によると、温室の薔薇も同じことを考えていて、強い気持ちがあればお互いを入れ替えることが出来るというものでした。
願いを叶えるには、夜明け前にひとつの流れ星が北から南に見えるので、その流れ星が消える数秒の間に薔薇と秋桜が同時に祈らなくてはならないと言うのです。

『チャンスは一度だけだよ!強い気持ちがないと願いは叶わないからね!薔薇も温室で待機しているから頑張って!!』

そう言ったあと、妖精は消えてしまいました。

夜明け前・・・

『もうすぐだわ!』

温室の中では流れ星が見えないため、薔薇は妖精の合図を今か今かと待っていました。

『いよいよ夜明けだわ!』薔薇と秋桜は同時に言いました。

流れ星が見えると、秋桜は祈りました。
薔薇も妖精の合図で、見えない流れ星に向かって祈りました。

やがて、花びらに爽やかな風を感じた薔薇は、周りの景色に驚きました。
どこまでも続く空と花畑。
優しくそよぐ風。

『ここは・・まるで別世界だわ』

そして息苦しかった温室が、今は目の前にありました。

温室の中では甘い香りが立ち込め、華やかな宴が開かれていました。
黄、紫、白、桃色、赤などのドレスをまとった薔薇たちの中、秋桜は真っ赤なドレスを着ていました。

『まぁ、なんて綺麗なドレスなの!柔らかい日差しと甘い香り!そして煌めくガラスの城!ああ、これが薔薇たちの世界なのね!』

薔薇になった秋桜は、ソプラノの柔らかな響きにうっとりしながら酔いしれるのでした。

それから3日が経ち、毎日続く宴にのぼせていた薔薇(秋桜)は、突然の騒ぎに震えました。
数人の人間が温室に入って来たかと思うと、薔薇たちを切り取って箱に詰め込んでいるのです。

『今日は赤い色の番だわ!』

桃色の薔薇がそう言ったのが聞こえました。
薔薇(秋桜)は、その日を境に運命を思い知ることになるのでした。


薔薇たちはトラックに乗せられ、卸売市場で競売にかけられました。
買い手が決まると更に運ばれ、そこで丁寧に手入れをされると、硝子のショーウインドーに飾られました。
薔薇たちが運ばれた先は高級フラワーショップでした。

薔薇(秋桜は)その日、次々と可愛くアレンジメントされていく花たちをずっと眺めていました。他の薔薇たちは自慢のソプラノを奏でる元気もなく、しんと静まり返っています。
やがて空がオレンジ色に染まる夕暮れ、一人の若者が息を弾ませながら店にやって来ました。

「ありったけの赤い薔薇を包んでくれ!彼女の、初日の舞台なんだ!」

「それはおめでとうございます!豪華な薔薇が揃っていますよ!」
 
薔薇(秋桜)も他の薔薇たちといっしょに若者に抱えられ、劇場に向かいました。
若者は、舞台上の彼女の姿に何度も溜め息をつきながら見入っていました。そして薔薇たちは、華やかなミュージカルに魅了されながら、温室を思い出していたのでした。
幕が下りると、若者は楽屋に出向き、彼女に花束を渡しました。

「まぁ!素敵な薔薇!嬉しいわ!ありがとう!」

満面の笑みを浮かべながら花束を受け取った彼女は、若者を抱きしめてキスをしました。
しかし、若者が立ち去ると、彼女は花束を乱暴に屑籠に捨ててしまったのでした。
薔薇たちは、このまま枯れてしまうかも知れないと不安になっていました。
それから暫くして、ひとりの掃除婦がやって来ました。
彼女は屑籠に捨てられた薔薇を見つけると、家へと持ち帰ったのでした。
 
「可哀想な薔薇たち・・・」「さぁ、これでいいわ!元気を出してね」

薔薇たちは花瓶に飾られ、たっぷりの水を吸い込むとほっとしました。
しかし、薔薇たちにとって、それはつかの間の幸せなのでした。
夜が明け、彼女が起きてみると、昨夜の薔薇が無くなっていました。

「また兄さんの仕業ね!きっとあそこだわ!」

彼女はそう言って、ため息をつきました。

その頃、男は市場の隅に座り、シートの上に薔薇たちを並べて声を張り上げていました。

「さぁさぁ見ておくれ!最高級の薔薇だよ!今日限りの大安売りだ!」

薔薇は次々に売れていきました。

そして最後の一本になった時、男は店じまいをし、大事そうに薔薇を持って歩き出しました。
暫くして白い二階建てのアパートに着くと、男は階段を駆け上がり、青い扉を開け、その部屋で待っていた恋人に薔薇を差し出しました。

「まぁ!素敵な薔薇!一体どうしたの?」

「たまには愛を伝えないとな!」

男は照れながら言いました。

「ありがとう」

恋人は嬉しそうに、その薔薇を窓辺に飾りました。

ひとりぼっちになった薔薇(秋桜)が寂しくて泣いていると、開け放された窓からやわらかな風が吹き、薔薇(秋桜)の花びらを撫でました。すると、薔薇(秋桜)はうな垂れた頭を持ち上げました。そして、目の前にある光景に驚いたのでした。

『ここは・・・』

薔薇(秋桜)が見ている場所は、懐かしいあの花畑だったのです。
菫や秋桜たちが風に揺られ、その横には温室があり、陽の光に輝いていました。

『みんな楽しそう・・』

薔薇(秋桜)がそう呟いた時、恋人がの薔薇(秋桜)花びらを両手で優しく包み、そっとキスをしてくれました。

「素敵な薔薇・・・」

「赤い薔薇の花言葉は愛情だよ」

男がそう言って薔薇(秋桜)を持った恋人にキスをしました。

爽やかな風が何度も薔薇(秋桜)の頬を撫でていきます。
薔薇(秋桜)は嬉しくなり、恋人たちのために歌いました。
その歌声は、愛に満ちていました。



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