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クレームの種を拾って回った日々

建設会社で住宅リフォームの責任者をしていた頃の話だ。
今は分からないが当時住宅リフォーム業はクレーム産業と言われていた。
その頃クレーム対策の本はいっぱい出ていたがクレーム予防の情報は少なかった。


クレームは種の内に拾っておけ

前にも紹介しているが私は定年退職まで中小企業の地場ゼネコンで働いていた。
そんな建設会社が公共事業が少なくなっていく中で民間に力を入れ始め、そんな時代に辞令を頂いたのが新規で始める住宅リフォーム部署の責任者だった。

会社はその全てを私に任せてくれた。
いい会社だと思ったが責任も重大だ。

クレームの木は成長すると一人では抜けなくなる

クレーム処理ほど疲れる仕事は他にないと思った。
一度クレームが発生すると精神的疲労に加え、クレーム処理のための時間や予算も必要となる。

その結果営業利益も減り昇給にも影響する。
つまりいいことは何もないということだ。

そこで考えたのがクレームを出すまでの予防策だ。

クレームは樹木と同じで落ちた種を拾わずにいるといつか芽を出す。
その芽を放置していて少し成長し葉を付けてしまうと不信感ということになる。

または三つの種が芽を吹くことによっても不信感になると思った。

つまりお客様が疑問に感じていることをそのままにしたり、その疑問の数が増えた時のことだ。

まだこの時ならひとりでその芽を抜くことができる時期だ。
予算も掛からない。
報告もいらない。

だがその時期を過ぎればそのクレームの木の芽は段々大きくなって大木へと成長していく。

こうなればもうひとりでは抜くことも出来ず、抜くには大きな予算と上司の助けが必要になる。

種拾いのために現場へ行った

会社内でも他の部署は分業制だったが、私は1現場1担当者制にこだわった。
営業、設計、積算、現場管理などを分ける分業制に対して、その全てを一人で担当するのが1現場1担当者制だ。

つまり営業をしたものがリフォームプランを考え提案して、現場管理もする。

分業制に対して無駄が多く、営業に集中できないというデメリットも大きいが、リフォームの総合的スキルが向上し、仕事がクリエイティブに満ちて楽しく離職率が低いのがメリットだ。

責任者の私も営業をし、毎日自分が担当している現場に行く日々だった。

現場管理という仕事もあったが現場にいる半分はクレームの種拾いをした。
クレームは種の内に拾っておくのが最も簡単で疲労もない。

例えば、駐車スペースに釘やビスが落ちていないか探しながら下を向いて一歩ずつ歩いた。
近隣の人に会ったら必ず挨拶をしてご迷惑をかけているお詫びをする。
現場付近のゴミ拾いもした。

近隣に夜勤をしている人がいないか聞き込みをし、コミュニケーションを計った。
また病気で休まれているような方にも気を使った。

建材が雨に濡れるところに置いてあったりはしないか確認する。
図面には記載されていない施工上の種も探した。

床養生や職人の整理整頓、休憩中の会話にもルールを設けた。
一日3個以上クレームの種を拾って帰ることにしていた。
雨が降って水が溜まりそうなところを探したり、風が吹いて飛んでいくようなゴミも探した。

最後に施工する外構工事は特に気を抜かないよう心掛け、コンクリート工事の勾配や仕上げに気を配った。
車庫のシャッター工事は内部にゴミが入らないよう1センチ程度の段差を設け、ガレージ土間に対して低い位置でシャッターが閉まるように施工もした。

もちろん施主への説明はお互いが納得できるまで行った。

お客様の期待以上の仕事をするためだった。

種拾いが日常化した

クレームの種拾いは営業段階から癖になっていた。
それはお客様の仕事内容を聴き取るところから始まっていた。

例えばお客様が、工場内で0.1㎜以下のクオリティーで何かを生産しているような仕事なら、現場でものづくりをしている私たちとのクオリティーの概念を理解して頂いた上で契約して頂いた。

これもひとつのクレームの種だからだ。
分業制の場合はここまではしないだろう。
営業は契約を取って成績を上げるのが主な仕事だからだ。

逆に言えばそのようなことを理解してもらえない場合は、最初から受注をしないということにした。
もし契約をしてクレームの木が成長してからではお互いに不利益だからだ。

その当時はクレームの種拾いが日常化していたので、気が付くと昼に入る飲食チェーンでも種探しをしてしまうほどだった。

まさか自分が嫌いなクレームを他の仕事をしている人に言ったりはしないが、「これは大丈夫かな」といったことをよく探したものだ。

クレームの種拾いをした効果

もしクレームの木が大きく育ったとしたら営業利益が減るだけでは済まなくなる。
たった一本のクレームの木が及ぼす影響は計り知れないということを肝に銘じていた。

民間工事をしている他の部署でも、完成工事未収入金として扱われている原因がクレームということも稀ではない。

もちろん種拾いは私だけではなく部署を上げて取り組んだ。
協力業者にもお願いして種拾いを手伝ってもらった。

1現場1担当者制だったので、受注に対する考え方もクレームリスクを下げることを優先した。
受注すれば工事をして工事代金を集金するところまで自分の責任になるからだ。

誰も大きなクレームリスクを背負ってまで受注しなくなった。

そのせいで売り上げが前年比で大きく伸びることもなく、会議では下を向いたまま遣り過ごすこともあった。
だがリフォーム実績が1000件を超えるころになっても未回収は一件も出さなかったのが唯一の自慢だった。

おそらく種拾いの効果だ。

その会社で大きなトラブルもなく、円満に定年退職できたのもその種拾いのお蔭かもしれない。

#リフォームの仕事 #建築の仕事 #クレーム #クレーム予防 #定年退職

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