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会社が倒産する時

一回目の手形不渡りでまだ倒産したとは言えないが、この時点で会社としての信用はなくなる。
二回目の不渡りは一ヶ月後だろう。
それでこの会社は終わってしまう。
融資見込みもなく資金繰りの目途も立てようがないからだ。


勤めていた会社が倒産したリアルな話

長男が中学を卒業するころ勤めていた会社が倒産した。
子育てもこれからお金を必要とするときだった。
再就職で仕事を選んでいる状況ではなかった。
私はこれまでの人脈を頼りに仕事を探した。

勤めていた会社の倒産

小さな会社だったので、倒産する半年ほど前からもうこの会社は危ないだろうと分かっていた。
要領のいい人はさっさと会社を辞め再就職を果たしていた。

役員だった社長の兄弟ですらさっさと会社を去って再就職していた。
給料をもらえなければ食べていけないからだ。
役員なので一番最初に給料を止められたからだろう。
しかし役員をしていたその方は、この会社が倒産すれば自分がどうなるかは分かっていたはずだ。

結局倒産後に抵当に入っていた自宅を失ったが、それだけでは済まなかったはずだ。

一社員の私はそれでもまだ諦めたくなかった。
この会社を潰したくなかったのだ。

社長もいい人で働きやすかった。
言葉を換えればいい人過ぎたのだ。

一従業員の私は社長と一緒に資金繰りに走り回った。
そのせいで役員をしていた他の重役からも疑われた。
「お前だけいい思いをしてるんじゃないだろうな」と言われたから「いつでも変わってあげますよ」と言った。

倒産前の資金繰りがどれだけ大変なのかを経験したのだ。
一従業員なのにだ。
社長も人が良かったが私もそれ以上だと思った。

ある日、社長は私に相談を持ちかけた。
もう資金繰りは無理だ。
メインバンクから融資を受けられなければ不渡りを出す。
お前ならどうするかと聞かれた。

この時もう潰しましょうと答えるべきだった。

社長はメインバンクから融資を獲得する最後の手段に出た。
大きな取引先に電話を入れ、いつも入金して頂くメインバンクには入れずに違う銀行の口座に入金して頂いた。

メインバンクがもうこの会社を潰そうとしていることは見えていた。
そこでできる限りの現金を集め、融資と引き換えに入金するという条件にしたのだ。

社長は現金を持って銀行の応接室で支店長と交渉した。
テーブルの上には札束が積まれていた。
融資が先か入金が先かの攻防になることは予測していたので、絶対に先に入金してはだめだと打ち合わせをしていた。
もし、融資してもらえないならその現金を持って帰って来て下さいと念を押していた。

最後まで会社をやめずにいてくれていた従業員に、未払いの給与もそのお金で支払えたからだ。
当然銀行としては少しでも回収して潰すつもりだ。

私たちの考えは甘かった。
銀行の支店長の方が上手だった。
「このお金を入金して頂ければ私が必ず融資を通します」と社長を口説き落としたのだ。
「今も本部と掛け合って99.9%のところまで来ています」と支店長は頭を下げた。

言っておくが私は一社員だ。
なのにその間も資金繰りに走っていた。

とうとう社長は支店長の言葉を信じて入金してしまった。
最後の融資が止まった瞬間だ。

まるでドラマのようだがフィクションではない。


呆気なく会社は一回目の不渡り手形を出してしまった。

もうこの会社が生き残るすべはない。
せめてできることは残務処理だ。
迷惑をかける関係会社に少しでも誠意を見せること。
そしてこれまで助けてくれた従業員にもだ。

この時私は後悔した。
少しでも会社を生き延びさせようとしたことだ。

せめて融資が止まる一ヶ月前に会社を倒産させておけばあのお金が使えたからだ。

私は焦げ付いている売掛金の集金を思いついた。
時間がない。
二回目の不渡りを出すまでにやる最後の回収業務だ。

何度集金に伺っても支払って頂けなかった顧客を訪問して言った。

「お世話になりましたが今日が最後の集金です」
「もう私の会社は倒産します」

念を押すが私は社長ではない。

「今日お支払い頂けるなら少し値引きさせて頂きます」
「もちろん売掛金台帳からも消しておきます」

「このまま税務署に差し押さえられたら、あなたの売掛金も一円単位まで債権として扱われることでしょう」

一年かかった労働債権

労働債権とは未払いの賃金や退職金のことだ。
売掛金を回収したお金は、取引先の特に小さい会社の支払いに回した。

会社が倒産した場合、会社更生手続では賃金の一部は最優先で支払われるとされている。
しかし実際には一番目ではなかった。

一番は税金で二番目は弁護士費用、その次が労働債権だ。

多くの社員には倒産する二か月以上前に退職して頂いたが、最後まで残務処理を手伝ってくれた数名は3ヶ月間の賃金未払いが発生していた。

管財人からは何の連絡も来なかった。

債務者の弁護士に連絡した。
労働債権は抵当権のついた債権より優先されると聞いていたからだ。

しかし債務者の弁護士に何度電話しても何もしてくれなかった。
私は最後の手段に出た。

未払い賃金立替払い制度だ。
この制度を利用すれば未払い賃金の8割を手にできる。

申請は最寄りの労働基準監督署だ。
相談に乗って頂いた労基の担当者はいい人だった。

最後まで残務処理を手伝ってくれた数名の従業員の分も申請した。

当然だが申請には賃金未払いの証拠が必要だった。

二回目の不渡り手形を出す前に社長が言った。
「書類はすべて処分してくれ」
その理由は知っていたが私は何も言わなかった。

「従業員の賃金台帳とタイムカードを出して下さい」と、私は社長のいない時に一緒に残務処理をしてくれていた経理担当者に言った。
それらの書類は家に持って帰って保管していた。

そしてそれが未払い賃金立替払制度の申請に必要だった。
社長が言うようにそれらを処分していたら賃金未払いの証拠は何もないことになる。

申請して数ヶ月待ったが返事がないので労基へ行ってみた。
そうすると労基の担当者が転勤になって新しい担当者に変わっていた。

その担当者に社長と連絡は取れますかと聞かれたから正直にはいと答えた。
社長は夜逃げもせずにいた。
新しい担当者が言うには、社長がいるのなら先ずは社長に請求するのが先だと言うのだ。

理屈は分からなくはないが、社長に支払い能力がないから申請しているんだと労基の担当者と押し問答することになった。
そもそも申請した時の担当者からはそんなことは聞いていなかった。

通常ならこのような申請は弁護士か司法書士の仕事なのだろうと思った。
しかしこの時、少しのお金も無駄にしたくはなかった。
若い従業員の中には車や家のローンを支払っている者もいたからだ。

何も分からない素人が相談しているのだから、優しく教えてくれてもいいだろうと思った。
役所は担当者によってこれほども違うのかと思いながら、じゃあどうしたらいいのかと食い下がった。

その担当者はしぶしぶ社長が支払ってくれないという実績を持ってきてくださいと言った。
それならそうと最初から言ってくれたらいいのにと腹が立った。

私たちは帰ってから社長に何度か賃金未払いの請求をした。
その実績と支払ってもらえない理由書を提出した。

最初に申請してから1年が経とうとしていた。

そうしてやっと賃金未払い分が振り込まれてきた。
3ヶ月の賃金未払いと退職金の8割だ。

無駄にはならなかった倒産の残務処理

このような経験はしようと思って出来るものではない。

勤めていた会社の残務処理にこれほど神経を使って、しかも無休で働いたのは何かを期待していた訳ではない。

一従業員の私に倒産という大きな責任は取れないが、仕事でお世話になった取引先や他の従業員に少しでも迷惑を掛けることを減らそうとしたまでだ。

その後職探しをしていた時に、定年退職まで勤めることになった会社に声を掛けて頂いた。

そこも同じ地域に本社を持つ会社だ。

誰かが見ていてくれたんだろうと感じた。
私は同じ地域で自分の意思に反し二度転職し、三つの会社で働いた。

どの会社も営業職だったが同じ地域ということもあり、同じ顧客に引き続きお世話になった。
会社が変わる度に名刺を持って「今度はこの会社にお世話になることになりました」と挨拶に行った。

その会社も定年退職した今は、もうお金のことを考えたくはない。
人生にはお金より大切にしなければならないことの方が多いと思う年齢になったからだ

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