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営業人生の末路から5年経過して?
末路という表現が相応しいかは分からないが、下手をすればそんな成れの果てに落ちそうだという情緒の変化を表現したかっただけだ。
そんな表現をしなければならないほど、定年退職後の人生がそれまでの人生とは違っていると感じる。
人恋しさが吹っ切れるまでの時間!
もちろん個人差は大きいだろうと思う。
人間関係を器用に築き上げる人なら定年後だろうが変わりはないだろう。
私もどちらかと言えば世渡りはうまい方だと思っていた。
しかしそれは幻想だった。
営業職で生きた人生
私は人生のほとんどを営業職で生きてきた。
営業職で生きるには人間関係の構築は必須だと考えていた。
人脈こそが営業職のリソースだということだ。
小さいころは激しく人見知りをするほど内気だった。
それなのに営業職で生きることになった経緯は以前にも書いたが、そんな性分で人脈というリソースを増やすのは簡単ではなかったように感じる。
運動音痴なのにゴルフをやったのも半分は営業リソースの目的があったからだ。
確かに気候のいい日にグリーンの上でやるスポーツは楽しいと感じた。
これも個人プレーだから出来たことだ。
野球やバレーのようなチームプレイのスポーツならやっていなかった。
人脈作りが目的ということもあり、どんなコンペティションにも進んで参加した。
友人とだけなら気を遣わなくてもいいが、時にはまったく知らない人ばかりのコンペにも参加をした。
そのお蔭もあり私の人脈は増え続けた。
八方美人優柔不断は営業の武器だと考えていたので基本的には敵を作らない性分だ。
しかしそれなりに辛いことも多かった。
世間話や営業に関する話はするが、他人のことには話に乗らないことを心掛けた。
それでも罠にはまるような出来事は何度となくあった。
コンペの後の打ち上げなどだ。
晩酌の習慣もない私がたまに酒を飲むのは最も危ない行為でもあった。
いつか酒で人生の失敗を経験するだろうと思っていた。
しかし何とか定年退職を迎えることができた。
180度変わった人生
営業職というサラリーマンを卒業した。
前にも書いた通り定年退職で失うものは多い。
サラリーや居場所、やることなどだ。
しかしそれ以上に想像を上回ったのが人脈だった。
人生で築き上げた人脈のほとんどがサラリーマン卒業と同時に消えてなくなった。
いや、消えてしまった訳ではない。
おそらく再就職でもして、また別の営業職を始めれば戻ってくる可能性の高い人脈は多いはずだ。
しかし仕事をやめてしまったことでそれらの人脈は戻ることがなかったのだ。
これこそが社会からの疎外感となって落ち着かない情緒の要因になったと言える。
営業職をしなくなった私に繋がっていても何のメリットもないという証しだった。
いいように考えればそれだけ営業の私に魅力があったという訳だが、言い方を変えれば利害だけの繋がりだったと言うことでもある。
そんな孤独感も最初のうちは心地いいとさえ感じていた。
人脈をキープするとなればそれなりに気を遣わなければならないが、そんな煩わしさから開放された喜びがあった。
しかし人と会わない日が長く続くと段々と心細くなってくる。
利害だけだったとしても仕事をしていた頃のような社会人的価値を見い出せないでいた。
何かをやらなければという焦りがあったのだ。
人恋しくなる定年退職後
利のないところに人が集まらないのはよく分かった。
だから人恋しくなるとこちらから人の集まるところへ行くしかないと考えた。
定年退職したころにゴルフの練習場によく行っていたのは、ゴルフの上達が全ての目的ではなく今振り返れば人恋しさの欲求を満たしたかったのだろう。
退職後ほどなくしてコロナ禍になったことから、人の集まるところへの出入りも遠のくようになった。
コロナ禍の3年間はそんな人恋しさに追い打ちをかけたが、逆に孤独でいることの楽しさや充実感も見出すことができるようになった。
退職して5年以上経過し、やっとひとりで過ごす日課に慣れてきた。
人脈に頼ることなく生きて行けそうだと思えるようになり、やっと組織人間からの脱却が叶ったのだ。
しかしコロナ禍があったにせよ定年退職で失くした人脈は、精神面で大きな打撃を受けたようだ。
営業職で生きてきた者にとって人脈は利だけでなく心の支えでもあったからだ。
その営業職で作り上げた人脈も退職後の数年間で確実に消え去っただろう。
もう戻ることができないと感じるようになって初めて自由にもなれた気がしている。
利害とは縁のない人生がやっと始まったのだ。
今、私のスマホは携帯電話ではない。
営業をしていた頃は明らかに携帯電話だったが、今は通話着信が入ることは稀になった。
人と繋がるために持っていたスマホが、携帯電話ではなく携帯PCに変わったのも人脈が消えた証しだ。
人と繋がることでしか生きてこれなかった者が、その財産である人脈を完全に失くしたのだ。
そのことを自覚するのに5年かかったが、人恋しさもやっと吹っ切れたのだ。
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