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村長の引継ぎ⑬

《結婚式とその後》


 結婚式は、山那家の希望もあり、両家だけで執り行われた。村長という立場もあったが、父親の三回忌前でもあり母もできるだけ地味にしたいとのことだった。
 夏の自然学校が始まる前の吉日に礼服で山那家の玄関前に立った。

 玄関では、彼女の両親と着物姿の里美さんが立っており、丁重な挨拶の後に、母と弟と玄関から廊下伝いで奥の座敷に進んだ。台所では河野さんが手伝いに来ており、あれこれと甲斐甲斐しく立ち振る舞っていた。
 仲人に山形さんをという話もあったが、山那家と山形家との間で大昔に何かあったとのことを山那の親父さんが伝え聞いていて、本人もよくわかっていないのだが、とりあえず人前式で落ち着き、本当に内輪だけの式となった。

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 近所同士で、母は里美さんのことは生まれたときから知っているので、里美ちゃん今日は本当に綺麗だね、うちの剛にはもったいないよ、といった口調から入ったが、大真面目の山那の親父さんが恭しく、この度は、ふつつかな娘を村長様の身の回りの世話をさせていただくということで、誠に有難きことで、よろしくお願い申し上げます、と正座で頭を下げたものだから、母も改めて結婚式だと気が付いて、深く頭を下げていた。

 私も、大変お美しい山那里美さんをお嫁にできて光栄です、今後とも両家のお付き合いのほど、よろしくお願いいたします、とやると、では、ということで、奥から河野さんがささっと入場し、料理にお酒が運ばれ、注ぎつ注がれつで、あっという間に知り合い同士の宴会に突入していった。

 里美さんも最初は畏まっていたが、酒が入ると徐々に本性が現れ、彼女が小学生で私が中学生のときに、学校帰りの山道で、地鳴りに驚いた私が全速力で学校に戻っていった話や、ランドセルについた虫を取ってあげると言っておいて、それが大蜘蛛だとわかって怖気づき、別の子に取ってもらった話など、子供時代の他愛もない思い出話を連発していた。

 私は、最初、村長ということもあり、監査役の山那さんにはお世話になっているといった話から入っていたが、山那さんより役場も老朽化して、廊下に掘られたクマネズミの巣の話や、そのネズミが副村長に似ている話や、役場の井戸に向かって石を投げる猿の話や、私がその猿に引っ掻かれた話など、これまたどうでもいい話で、母と大笑いしていた。

 里美さんのお母さんは、その話の合間に、お酒を注いで回るので、私もぐいぐいといってしまい、おそらく真っ赤になりながら、体験合宿の話や分校開校の話など、気になっている話題を振っていったりしていた。

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 これからの住まいは、まずは弟夫婦が予定通り近藤家に入ることになり、その後に葛西家に里美さんがこちらに同居することになっていた。
 近藤家は広々しており、掃除が行き届かない部屋を綺麗にして、裏庭の長いとこ使っていない井戸を掘り直し、二世帯住宅のようにする話だった。

 母は里美さんが幼い頃から知っているので、同居は全く気にしていなかったが、相当なお喋りでもあることもわかっており、私が役場にいる間はいい話し相手になりそうだった。

 長い一人暮らしで、小さなスペースに身の回りのものすべてを置き、自分のペースと自分で決めたサイクルで身支度を始め生活の全てをやっていたのだが、そこに結婚相手が入り、どうにもちぐはぐな落ち着かない日々が始まった。

 彼女は前の夫との生活で、男の扱い方というか、嫁としての立ち振る舞いというか、私の時々刻々の家庭と勤務の流れをつかみ、うまい具合に母と三人の毎日の衣食住を成り立たせていた。そこは母とのコミュニケーションもあったと思うが、村長の嫁としての立場をわきまえて、村民からの頼みごとや、緊急の知らせなどで、家で待ってもらったり役場に連絡したりと、賢く立ち振る舞っていた。

 当初は密かに出戻りと言った陰口もあったが、その辺を跳ね返せる強さもあり、彼女の賢さも相まって、私に降りかかる出来事全てに対し、里美なら、といった信頼を持つようになっていった。

 独身時代の癖で、寝床にあれこれ持ってきて、読書したり食べたり飲んだりしていると、小さな座り机を山那家から持ってきて、布団が汚れるのでここでしてくださいと、言い訳できない風に迫るので、この辺が唯一の好悪が分かれるところなのかなあ、と思ったりしていた。

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 新婚生活も順調に年月が過ぎていった頃、二人で少しお酒を飲んだ晩、里美さんは寝床で正座すると、面と向かって、剛さん、あなた、私が出戻りだって思っているでしょ、事実だから仕方ないけど、私の全てが出戻りだからって思わないでね、人間の身体は数年で全部入れ替わるって知ってた? だからあなたは決して私を出戻りって目で見ないこと! わかった! と強く言った。

 結局、結婚して数年の間に、息子と娘ができて、母は孫の相手で毎日大わらわだったが、耕せない畑も出てきたので、山那さんと私と近藤家の弟とで、交代して荒れ地にならないようにしていった。

【村長の引継ぎ】
最初の話:村長の引継ぎ①《着任の日》
前の話:村長の引継ぎ⑫《結婚相手》
この話:村長の引継ぎ⑬《結婚式とその後》
後の話:村長の引継ぎ⑭《体験合宿》

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