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【嘘】曇った鏡

その日は曇り空だった。
待ち合わせをしていた友人から遅刻すると連絡があり、時間があいたので街をふらふらしていた時のこと。

とある店に入った。

薄暗い店内。やたら雰囲気ある古本屋だな、と思っていたら、置かれているアンティーク家具も買うことが出来るらしい。店主の道楽なのか、嫌に安い。どれもこれも変な魅力を放っている。目眩がしてきた。
そのままとりつかれるように、木枠にゴテゴテと彫刻が施された丸鏡の姿見を購入してしまった。値段は三万円弱。後日、家まで郵送してくれるようだ。

友人は来なかった。その後の記憶があまり無い。

三日後、購入したアンティークの鏡が届く。
店内で見たときはさほど気にならなかったが、随分と曇っている。もともと普段使いする実用的な家具だとは思ってなかったので不満は無い。
しかし、調べて見ると、アンティークの鏡はたいてい新しいものに張り直されるものらしい。古い鏡には情念が残っていると感じる人が多いから、というのが理由だ。
この曇り方を見ると、確かに何か感じる物はある。長い時を過ごしてきたのだろう。その間ずっと、何かを、そして誰かを映し続けていたのだろう。人々の生活がまるっとそこに溶け込んでいるように感じる。

鏡は廊下の角に飾った。曇り、鈍く光る。

更に三日が経過した。変だ。
友人と連絡がとれない。
というより、鏡を購入したあの日以来、誰とも出会わなければ電話もこない。
もともと人と交流する事が少ないので気付かなかったが、流石に何かおかしい。世界に自分一人しか存在しない。
あの古本屋が原因だ。直感がそう叫ぶ。

走って走って走って、汗だくになりたどり着いた店内。そこには廊下の角に飾ったはずの鏡があった。店主はいない。何故だかまるで曇っていない鏡には、友人が映っている。虚ろな目で近付いてくる。
「これをください」
微かにそう聞こえる。

お願いだ。張り替えないでくれ。
なんでそんなことを願ったのかわからない。


その日は曇り空だった。

ありがとう