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方違え

KTくんは職場関係の人だ。
たまにしか会わないのだが、
今日たまたま帰りが一緒になった。
話すのは久しぶりなので
彼の自営業の話などをしながらビルを出ると
目の前のマンションを見ながら言った。

「僕、あそこのマンション買ったんですよ」
「そうなんや!じゃあここに来る時は歩いて来られるやん!」
「そうなんっすよ~!でも今住んでいるマンションもちょうど買わないかと言われて、安かったんで買ったんです。」
「ええー!」

ずいぶん景気のいい話で羨ましいかぎりだ。
どうも今住んでいる所は相場よりもずいぶん安くしてもらったらしい。
買って賃貸にすると言っていた。

「新しいマンションにいつ引っ越すん?」
「もう今月中には引っ越すんですけど
風水かなんかの占いの人に、
このマンションは今の自宅からの方角が悪いと言われて、僕一旦違うとこに住んでるんです」

違うとこ?
それって方違えじゃん!

「方違えってなんすか」
「平安時代からある風習よ」
まさか方違えを知らずに方違えをやってるのか。

しかしこの時代に方違えをする人がいるとは
正直びっくりした。
いや、私が知らないだけか。
しかもそんな事を全く気にしそうにない
KTくんが方違えをするとは。
話によると今はワンルームマンションをさらに別に借りて、服だけ移動して寝起きしているらしい。
そういえば自営業の場所を移転する時も
占ってもらってたな、と思い出した。
(最初の候補地は何かが見えると言われてやめたそうな)

「景色めっちゃええんですよー!」
KTくんは新しい生活がとっても楽しみのようで、
部屋やベランダからの景色の写真を何枚か見せてくれた。
周囲に建物はなく、遠くには山が見えて、
確かにとても気持ちのいい景色だった。
私は、あの場所からなら夏は花火が見えるよ、と
言っておいた。

KTくんと別れ、帰りに寄ったスーパーでは
胸に花を飾った女子高生が
楽しそうに買い物をしていた。
そうか、今日卒業式だったんだな。
タンポポの綿毛のようにふわふわとして
軽やかな彼女らが、
未来への希望を楽しそうに話していたKTくんと
ふと重なった。
去年のこの時期は気分が真っ暗だったことを思い出し、私は願う。

みんなと私の今年の春が、
どうかいい春になりますように。

(了)












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