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本当に怖くない猫の話 part.13 前編

何でも屋の飼っている2匹の猫は聞き分けがいい。

まだ生後8ヶ月くらいの黒猫の方は元気盛りで朝から遊びをせがむものの、抱っこすればすぐにおとなしくなる単純な性格だ。

さらに三毛猫のセミがうちに来てからは、朝のコーヒーを入れる時間やパソコンを見ている時など大事な作業をしている時に黒猫が邪魔しに来ようものなら、三毛猫のセミが後ろから飛び掛かってしつけするので、そういうときに構ってもらうために邪魔してはいけないと最近理解してくれるようになった。

朝ごはんも夕ご飯も催促せずに、時間になると、皿の前に2匹でチョコンと座っている。2匹で飼えばずいぶんとうるさくなるのではないかと懸念していたが、2匹で勝手に遊んでくれるし、飼いやすいことこの上なかった。

しかし、まだ2歳になるやならずやのその非常に優秀な三毛猫のセミには2点ほど悪癖というべきものがあった。

一つ目は、トイレの清潔さに対するこだわりだった。黒猫と同じトイレを使わず、自分のトイレを黒猫が使うと使わない。最初気づいた時の数回はトイレを丸洗いして許してもらったが、見向きもせずに1日我慢した日にはしょうがなく夕方慌てて新しいトイレを買ってきた。

さらに、自分の排泄物であっても、その”ぶつ”があると自分専用のトイレを我慢する。前の家でずいぶんまめに世話をされていたらしく、最初はおしっこをするたびに、トイレシートを変えてくれと鳴いていたがさすがにそんなことをしていたらトイレシートにかかるお金がもったいないので、構わないでいたら、それに関してはすぐに妥協をしてくれた。しかし”ぶつ”だけはどうしても許せないらしいので、朝夕セミ様が”ぶつ”をしたかどうかまめにチェック、さらに、黒猫のトイレも”ぶつ”を踏んでないかまめにチェックするようになったため、トイレの世話は2倍ですまない、3・4倍に増えてしまった。

でも、まあ、自由業で暇を持て余す何でも屋にとってそれくらいのことはいいのである。

もう一つの悪癖が問題であった。

「おい、行くぞ」

セミ猫は、クロがキャリーに入れられた時点で出かけることを理解している。しかし、セミ猫は自分自身が何より出かけたいくせに、姿を見せない。

ナオ―――ン。

今日もセミ猫がどこかで鳴く。探してやるのは業腹だ。何でも屋はクロだけを連れていくふりで玄関にクロの入ったキャリーを一つだけおいた。

ダダダダダダダダ。

セミ猫が慌てたように玄関口まで走ってくる。しかし、何でも屋が手を伸ばそうとすると、するりと抜けてまたどこかへ行き、ナオ―――ンとはぐれ者の狼みたいに鳴く。いやこの場合、オオカミ少年か。

何でも屋が声の方に迎えに行くと段ボールの物陰から飛び出してきて、ポーンポーンと何でも屋の足を叩いて跳ねる。本人は優しくしているつもりかもしれないが、どうしたって爪がひっかかるから人間の方は痛い。このカクレンボを毎回したいために、哀れっぽい鳴き声で緊急性を演出し、人間をだますのである。

「そういう性格の悪いことしていると、嫁の貰い手がなくなるぞ。今日は見合いの日なんだから、きちんと猫をかぶっていなさい」

カクレンボの続きでキャリーから半分尻を出していた猫を後ろから放り込んでチャックを閉めると、何でも屋はまるで人間の親みたいな自分の科白に苦笑した。

今日はいよいよ見合いパーティーの日。何でも屋は自分の身なりを姿見で確認すると、自分の荷物を背負い、両脇に4キロ超えの猫が入ったキャリーを抱え、家を後にした。

「何でも屋さん、こっちですよ」

「何でも屋は、勘弁してください。普通に苗字呼びでいいですよ」

二人の女性に出迎えられた何でも屋はいつもの癖で右眉をあげて苦笑すると、寝る体勢を変えるたびに肩にずしんと負担をかける猫たちを下ろした。

「ずいぶん、大荷物ですね」

声をかけてきたのは、何でも屋が何でも屋という仕事を始めてからの初めての客である依頼人の女性である。ずっと髪が長かったのだが、髪型を変えたらしく、肩で切りそろえられているのが新鮮だ。

「猫2匹飼っているとこんなものですよ。1匹引き受けてくださると肩の荷が下りるんですけれどね」

「私もの肩にも重いので無理ですよ。誰かほかに頼る人がいないと。よろしくお願いします」

申し訳なさそうにして、首を傾けた依頼人の髪が肩の上でさらりと揺れた。まともに櫛を通したような髪型を見たことがなかったが、さすがに人前ではちゃんとするんだなとなんとはなしに考え、何でも屋は自分だってそうなのだからと妙に落ち着かない自分の不思議な感覚を押しとどめた。

「あらまあ、もうお見合いを始めるなんて気が早いですよ。当てられてしまいますから、見せつけないでくださいね」

ー意味がわからない。

何でも屋は依頼人と顔を見合わせて首を傾げた。三毛猫のセミは元々依頼人の猫だった。しかし、依頼人が新しい猫を飼うことになったので、今は何でも屋が譲り受けたが、気持ちとしては預かっているつもりなので、返したいという話をしただけだ。事情を知らない他人からすれば、男女の何か駆け引きに聞こえるのだろうか。不可解だし、不愉快である。

みゃあーみゃあー。

猫たちが鳴くので、何でも屋はキャリーから出してあげた。二匹はクンクン匂いを嗅いでいるが、もう何度か来たので、物怖じした様子はない。この場にいる他の猫の方が隅っこで縮こまっている。

「さて、今日が初日ですね。緊張しちゃうわ。お二人、多いに頼りにしていますからね」

変な誤解も、この場所の意味を考えれば仕方のないかもしれない。緊張気味のこわばった笑顔を見せた40がらみの女性は、この猫と人間のお見合い相談所「ハッピープラス」の所長である。1年ほど前に猫の見合いを依頼された何でも屋だったが、それが成就せぬまま、依頼人の父親に人間の見合い断りを頼まれた。まだ、来ていない見合いを断るというそれも厄介な仕事だった。

「じゃあ、ちょっと始まる前に打ち合わせを始めましょうか」

所長に促され、3人は猫足のテーブルのの席についた。

ほとんど鳴かないセミ猫が、依頼人に抱かれると嬉しそうに鳴いてゴロゴロ咽喉まで鳴らす。やはり、飼い主はいまだに依頼人だと何でも屋は思う。

今日の見合いでは、何でも屋と依頼人がスタッフをすることになっている。昨今の疫病の流行から、見合いをするのは2組だけ。人間4人と猫4匹だ。

現在、日本ではすでに猫を飼っている家族が新しい猫を保護施設などからもらい受けようとすると、先住猫との相性を見るため、家に一時預かりをして相性がどうしても悪かったら施設に返すというシステムになっているところが多い。

しかし、特に子供のいる家庭などでは、猫同士の相性が悪くても、懐いた猫を返すのは苦渋の決断である。そのため、猫の相性を見る見合いを我が家ではなく、第3の場所でやったらどうかと何でも屋は考えたのだ。

それを人間の見合いもできる相談所にしたのは、独身者では2匹飼うのは躊躇いがある人もいるだろうし、人間の猫好きカップルが結ばれれば必然的に猫を2匹飼えることになるだろうと思ったからだった。

こんな荒唐無稽な結婚相談所、実現しないと思っていたら、依頼人の父親が総理大臣で権力者であったため、すぐに手配をしてくれた。本当は猫好きな所長からこの結婚相談所を買い取ろうとされたのだが、普通の会社員すら務まらない男に会社の経営なんて無理なので、お断りした。

その総理が娘のために来てもいない見合いを断ってほしいと頼んできた4人の男。素晴らしい釣り書きで、断るよりその中の誰かと見合いして結婚すればいいと何でも屋は思った。だから、この結婚相談所のスタッフに依頼人を誘ったのだ。

もちろん、依頼人には思惑については話していない。自分が猫のお見合いを頼んだので、こんなアイデアを思い付いたのだろうと喜んでくれただけだ。小説のように相談所のスタッフに目が留まるなんてことは普通はない。しかし、彼らは総理の娘の顔を勝手に知っているので、こちらの意図に気づいてくれるだろうと何でも屋は考えていた。

今日は、4人のうちの一人が来る。この結婚相談所に総理が登録させたのだ。大蔵省に勤める35歳の男。国家官僚。いわゆるお役人である。その役人がどんな性格で、本当に猫好きか、何でも屋は見極めるつもりだった。

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