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【猫生】幸せでいてくれたらそれで

猫はお出かけを察している。人間が身だしなみを始めた時に、自分も連れていってもらえるか聞き耳を立てている。

玄関口の渡り廊下でだらんと横になって、「さあ、私も連れておいでなさい」と待っていたり、そうかと思えば抱き上げようとすると縁側に走っていき、追いかけっこを始めたりする。

猫は家につくと言われる。うちの猫も最近は、玄関を開けてもすぐさま外に出ようとはしなくなった。

しかし、ドライブに連れていってもらえるならそれはそれでうれしいようである。

昨日は、車の中でキャリーから出してもらえない時点で大方察していた。車が走る間、キャリーの中でいかにも出して欲しそうに甘えた声で鳴いていた。

芝生の似合う洋風の可愛らしい動物病院の駐車場は、最低限の幅で車4台しか停められるスペースがない。

先生一人で切り盛りされているので、患畜の多い時間に駐車場で猫をキャリーに入れるためにもたもた時間をかけていたら、待っている人に気の毒である。

前日に電話をかけていて、午前中にいつでも来て良いということだった。開院すぐの10時台に行ったが、すでに先客がいた。急患でもみてくれる病院なので、たとえ10時前に駐車してもすでに患畜がいるときだってある。

その病院の先生は、患畜の名前で受付をされている。50がらみで痩せ型のしかめつらしく獣医らしい先生だ。

猫好きなのか、診察室の扉の取っ手は金猫の真鍮製である。

壁際の備え付けのL字の椅子に鳴きもしない猫と座っていたら、すぐにまた猫の入ったキャリーを持った客が入ってきて、ほどなくして受付に呼ばれた。

猫の名前を告げると、マスクを着けていてもわかるほど先生がくしゃっと笑みを浮かべた。庭で拾った人相の悪い三毛猫であるが、病院では大人しく従順なので、先生の覚えがめでたい。

しかし、今回は診察台に乗せても布製のキャリーにしがみついてなかなか出てこなかった。それまで身じろぎすらせず大人しくしていたので想定済みではあった。

すぐにジッパーを全開にして取り出そうとしたが、診察台の上で私の腹にすり寄るので、先生にひょいと持ち上げられた。

ちょうどうちの猫の前に2匹の黒と白の柴犬が診察を受けていたようで、キャンキャン身も世もないというようにしきりに吠えていた。
それがいかにも怯えている風だったので、覚えている病院とはいえ、何だか猫の方も怖くなってしまったようだ。

一目見て、先生は猫の目ヤニが気になったようだ。こちらが言い出す前にいろいろと症状を聞いてくれた。

「目ヤニは結構出ますね。くしゃみもあります」

「クラミジアだと結構かかると長くくすぶるんですよ。うーん、猫エイズかもしれませんね」

優しい口調だが、いつも忙しくされているせいか先生は早口である。病気の種類を説明されたが、聞き返す暇もなかった。ただ、聞いたところですぐに理解できるようなものでもないだろう。

そして、先生は、早口にエイズとクラミジアの説明を終えると診察室の隣の小部屋のドアを開けた。

「左、左みてください。左に、左側の白い猫ちゃんがいるでしょう」

先生に早口に促され、こぶし一つ分の隙間から覗くと、お尻と尻尾の先だけが黒いほぼ真っ白なまるまるとした猫がクッションの上に寝そべっていた。

「その猫ちゃんは、猫エイズなんです。そっちの方、左です。左目が爛れているでしょう。でも、元気なんですよ。この辺のエイズはそんなに心配いりませんからね」

先生はそう端的に説明して、扉を閉めた。その間、うちの三毛猫はおとなしく診察台に乗っていた。

それにしても驚いたのは、小部屋に猫の餌がいくつも、多分10くらいはお皿が置かれていたことである。

犬を飼っているのは庭から見えており、休憩室らしい小部屋とは反対側の右隣の部屋から猫が出てきたこともあったので、2,3匹飼っていらっしゃるのかなと思っていたが、想像以上に猫の世話をされているようである。

小部屋の中は、猫が怪我しないようにかパステルカラーの柔らかそうないくつかのクッションとマットが敷き詰められ、可愛らしく飾られていた。

そういえば、待合室に犬猫の避妊・去勢手術の値段が貼られているが、その簡素なコピー用紙の張り紙には、猫の堕胎手術は行わない旨が書かれている。

それと飼われている猫の数は関わりないかもしれないが、かつてうちの犬も深夜に急患としてお世話になったことが思い出され、先生の動物に対する真摯な姿勢が感じられた。

「おうちには昼間だれかいらっしゃいますか」

先生に目薬をすすめられ、挿す自信がなかったものの処方してもらうことにした。先生のレクチャーだと猫の目薬は簡単そうだった。しかし、診察台では借りてきた猫状態でも、うちに帰るともう少しわがままで嫌なことからは逃げたがる性格だ。

ノミ・ダニの薬についても、相談した。拾った時に条虫がついていたので、その条虫にも効く「ブロードライン」という虫よけの薬を生後8か月から何度か処方されていたが、だんだんと以前よりも吐くようになり、前回は10日ほども吐いて、未だ以前ほど体重が戻っていなかった。その割にふくふくして見えるので、痩せているのかどうか猫は見立てが難しい。

「フロントライン」という条虫退治用ではない薬をもらってつけたこともあるが、それも、2・3日ご飯を吐いたりして具合を悪くしてしまう。首の後ろにチューブで垂らしてつける薬だ。先生の言うようにそんなとこれまで柔軟性を発揮して、毎回薬を舐めているような様子も見られない。

オールインワンの薬はあらゆる虫に聞くのだが、その中に混ぜられている成分が猫にはあまりよくないのだということだった。子猫の頃の野良生活が祟ったのか、生まれつきか、うちの猫様はずいぶんと繊細である。

どの成分が本来の効能を発揮するものか説明されたが、早口でよく聞き取れなかった。聞き返せば説明してくれただろうけれども、どの薬がうちの猫に合わないかだけ知っておけばよいかと思い黙っていた。そもそも、市販だと不安だから、もう動物病院で先生に相談して買えばいいかと思ったのだ。

2つ紹介され、「ブラベクト」という薬の方を選んだ。そっちだと、一度つければ3か月もつと言われたからだ。猫をお風呂で洗うタイミングにもちょうど良い。

「ワクチンを打ったばかりなので3日後、用心して4日後に塗ってあげてくださいね。その日だと何かあったときに病院に連れてきてもらったら、診られますから」

先生の親切な説明をなるほどと聞きながら、心はどうやって目薬をつけようかということばかりに飛んでいた。

受付で、目薬とノミダニの薬とワクチン代金と合わせて15,800円を支払った。高い料金をとる病院ではないので、内訳はどうでもよいのだ。飼い主は支払いの際に、これで猫に最低限のことをしてやれたという満足感を得られる。何なら手持ちがなければ、餌代をちょっとケチれば良い。帰りにウェットフードを買ったが、原材料をが大丈夫そうな一番安いものにした。それでも、猫様はご満悦である。何口分か与えれば、満足してもらえる。

それにしても、猫の目薬の時間に昼食の時と書かれたのだが、「うちは昼のおやつを3日に1回か1週間に1回しか与えていません」とは言えかった。もっとご飯をあげてもいいのかと思ったが、そもそもちょび食いの猫様は朝ごはんを昼近くまでゆっくり食べてそれ以外の時間は、昼間はほとんど寝ているかテレビを見るか窓の外を見ているのである。
おやつをあげるタイミングは出かける日のその前後しかない。そんな飼い方の猫に、1日5回から6回の点眼。点眼のタイミングを察するにつれ逃げそうなので、寝ている隙をなるべく狙うしかなさそうだ。

動物病院の帰りに、スーパーで買い物を済ませて、昼ご飯を家で食べて、覚悟を決めて猫に目薬を差した。キャリーの影の暗がりではお目めぱっちりで、まったく眠そうでない。嫌がったので、片目だけで断念した。

何事も修行であるが、こぼれた目薬がちょっともったいない。いやいや、猫様のためにそんなさもしいことを考えてはいけないのだ、と思おうとしても、やっぱりもったいない。

早急に猫の目薬を差すコツを身につけなければならないと思った。

以前のブロードラインという薬が1本残っているのだが、これをどうしたら良いか悩みどころだ。

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