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本当に怖くない猫の話 Part.4

三十路を超えて何でも屋を開業した?と言ってよいかもしれないと最近思い始めた。買い物代行をネットに出したら、思いのほか依頼が舞い込んだ。1日1件は必ず仕事がくる。コロナ禍で失業者が溢れ、男もその一例ではあるが、これが通常時であれば、こんな商売は成り立たなかったかもしれない。外出自粛が叫ばれる昨今にあって、ネットを見ている時間もみな増えているのだろう。

何でも屋が初めて受けた依頼に、その日、一筋の光明が差した。猫を譲りたいという連絡が来たのだ。しかも、場所は都内近郊で、探偵の住む川口市からそう遠くない。すでに窓から夕日がさしかかっているが、連絡をくれた方は今日にでも会えるという。何でも屋は小銭を握りしめて、意気揚々と家を出た。

「サプライズですか?」

「そう、結婚1ヶ月の記念日に猫を飼ったんです。でも、聞いてないって夫が怒って喧嘩になっちゃって。だから、手放そうかなって」

女性はそう言ってうなだれた。20代前半くらいの髪の長い女性である。部屋は新婚らしく華やかに整えられていた。彼女の言う旦那と言えば、すでに仕事から帰ってきていたが、猫を手放す話をすると逆切れして出ていってしまったらしい。

「結婚したら、猫を飼いたいってずっと言っていたんです。コロナで結婚式も新婚旅行もできなかったし、時間もあったから、保護猫のシェルターに行ったら、この子がいたんです。本当は夫に相談すべきだったかもしれないんですけど、真っ白でふわふわで可愛くて一目ぼれしちゃって」

可愛いの概念はひとそれぞれだ。自分の膝の上でひっくりかえって舌を出している猫を見ながら、何でも屋は内心あまりの無警戒ぶりに心配になってしまった。確かに白くて毛が長いが、左右対称のオッドアイが何でも屋には不気味に映った。

「絶対可愛いって賛成すると思ったのに、ペット可のマンションに住んだのは私に話を合わせただけだったんでしょうか。成猫で手もかからないし、自分で水も出せるし、ドアも開けられるんですよ?トイレが汚れたら教えてくれるし、こんな賢い猫いませんよ」

(それは賢い。だが、旦那はただ話を合わせただけだったんだろうな)

それだけ手がかからなくて面白い猫を手放そうとする気持ちは探偵にもわからない。オッドアイが不気味だとは思ったが、依頼人がいらないと言えば自分で飼おうかと思ってしまった。何分一軒家住まいなので、猫を飼うのに支障はなかった。

「依頼人の方の猫もずいぶん賢いんですよ。きっと気が合うと思いますよ」

何でも屋はスマホで依頼人の三毛猫の写真を見せた。眼帯をつけて迷彩服を着ているようないかつい三毛猫だが、この家の白猫も貫禄があるのでなかなか似合いではないかと思われた。

「三毛かあ。女の子なんですよね。うちは男の子だし、いいのかも活発そうな猫ちゃんだし。この子はおっとりしているから。うちにいても私と夫が毎日喧嘩して怒鳴ってばっかりだし、猫にとって環境がよくないんじゃないかなって」

「環境がよくなかったら、こんなに人懐っこくリラックスしないと思いますがね」

何でも屋はつい本心を述べてしまった。女性が猫を手放してくれた方が都合が良いので、何も励ます必要などないのだ。

「甘えん坊なんですよ。でも、うちは共働きだから、その分寂しい思いをさせているんじゃないかなって」

「稼ぎがない方が不幸では?私なんて、今、無職同然ですよ。大体人間の子どもだって親が共働きだから不幸ってことはないでしょう」

だから、励ます必要などないのだ!しかし、女性は誰かに愚痴を聞いてほしかったのだろうと思うと、何でも屋は自分が思うことを言わずにはいられなかった。

「・・・そうですよね。でも、夫が言うように猫とか子どもができてからでよかったのかも。でも、子どもなんてできるかまだ分からないし、それなら、猫一匹くらい幸せにしてあげてもいいのかも?」

女性は結局悩みのループに入ってしまったようである。それから小一時間ほど話したが、ほぼ女性は猫を手放すことで気持ちが固まっているようだった。猫を手放してくれることを望んでいたはずなのに、たったひと月でこれほど家に馴染んでいる猫をまたよそへやるのはかわいそうな気がしてしまう何でも屋だった。

それにしても、何でも屋がこの前いった保護猫カフェはあまりに条件が厳しすぎたが、女性が引き取ったところは毎日の報告もいらず、家族の了承も得ているか確認せずに猫を渡すとはずいぶんと条件が緩いらしい。いや、サプライズのプレゼントに生き物を渡すのは、彼が考えるよりもずっと一般的なことなのか。しかし、もし自分が誕生日にいきなり、犬とか猫とかはたまた蛇とかもらったら、自分で選んで飼うことになったわけではないので、不満が残るかもしれない。とすると、旦那の不機嫌は当然なのだろうか。

女性の話を聞くうちに、何でも屋もなんだか悩みに陥ってしまった。もちろん、彼は生き物をプレゼントされるような相手もする相手もいない。

ほとんど話はまとまるだろうという気持ちで、何でも屋は依頼人に連絡をした。

「まあ、こんなに可愛い猫ちゃんを良いのかしら?」

依頼人も少し戸惑っていたようだが、事前に女性から連絡先としてアドレスをもらっていたので、依頼人にそれをメールして知らせた。女性は飼った猫を紹介するブログをやっていて、動画も載せていたので、どんな猫かは何でも屋が写真を撮ってくるまでもなく、それを見ればわかったのだった。

しかし、何でも屋の予想に反して話はまとまらなかった。いや、まとまる直前まで行ったのだ。依頼人の家に件の猫がとりあえずお試しということで、やってきたらしい。猫たちはすぐに意気投合した。

「あの猫右利きだったのよね」

依頼人に呼び出されて家に行ってみると、何だか落ち込んだ様子で彼女はそう言った。

「右利き?」

何でも屋が首をかしげると、依頼人が詳しく説明してくれた。

来てすぐに意気投合した猫たちは、それはもう家にある玩具の何でじゃらしてもよく遊んだらしい。

「すごく気が合うみたいですね」

猫を連れてきた女性はほっとした様子だったそうだ。しかし、その隣で夫の方はほとんど話さず不機嫌が顔に出ていた。

依頼人が手製の麻ひもの猫じゃらしを右に振れば猫たちは飛び上がって右に傾き、左に振れば左に手を伸ばした。そこで、依頼人はあることに気が付いた。

「あら、この猫ちゃん。オスで右利きなんですね」

「え?」

女性が聞き返したので、依頼人は以前にテレビで、雌猫は右利き雄猫はほとんど左利きだと番組でやっていたのを見たと説明した。利き手が同じだから雄と雌にも拘わらず動きが綺麗にシンクロしたというわけである。

「赤目と青目のオッドアイに右利きなんて本当に珍しい猫ちゃんなんですね」

依頼人が心から感心して言うと、女性もうんうんと嬉しそうに頷いていたらしい。ところが。

「運命なんだよ・・・」

それまで黙っていた女性の夫が突然声を発した。

「この子はリリーの化身なんだ!僕のところに来る運命だったんだよ!すみません。この話はなかったことにしてください」

女性の夫がそう叫んで土下座してきたので、依頼人も反応に困ってしまったそうだ。

どうやら、夫は初めは猫選びを一緒にさせてくれなかったことについて拗ねていただけだったらしい。とはいえ拳を下ろすきっかけもなく、見れば見るほどかわいい猫を構いたくてうずうずしているのに、奥さんが自分の部屋に猫を連れていってほとんど触れないものだから、いらいらが募ってしまったということだった。ちなみにリリーはアニメのキャラクターであるらしく、まだついていなかった猫の名前はそのリリーになったそうだ。

「その登場人物は女性では?」

「可愛いなら何でもよいのでしょう。奥さんとは気が合ったから、子供ができたりして大変な時は、うちで預かることにしたので、お陰様で猫友ができました」

依頼人が渇いた笑顔を浮かべたので、何でも屋も愛想笑いをしたが、ふと気になって聞いた。

「では、リリー君はミケさんのパートナーになるんですか?」

依頼人の猫の見合いを頼まれていたが、必ずしも猫を引き取るとは聞いていなかった。それだけ気の合う猫同士なら通い婚というのもあるのではないかと何でも屋は考えたのだ。

「いいえ、年に数回も会えるかわからないなんて織姫と彦星ではないんですから、ダメですよ。とはいえ、きちんとうちの猫のパートナー探しの仕事をしてくださっている上、延長になるんですから、お約束の20万円はお支払いいたします。それで、今後も探していただくというのは可能でしょうか?良い相手が見つかったら、また、再度20万円お支払いいたしますから」

「私は構いませんけれども、いささかお金をもらいすぎな気がしますね」

口ではそう言いつつ、何でも屋は差し出された茶封筒を突き返すことなく鞄にしまった。

「いいえ、あなたの労力に対する当然の報酬ですわ。今後とも、よろしくお願いします、親切な何でも屋さん」

「猫探しの他、何かお困りのことがあれば、ぜひご相談ください」

何でも屋は依頼人に対してにっこり笑うと、作ったばかりの名刺を差し出した。

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