【閑話休題】自粛中に本を貸してはいけない
友達に本を貸した。
それで、大学のレポートを書くつもりだった。
課題が決まってないレポートが書ける文学部の自由さが好きだ。
「あの本面白かったでしょ?」
「うん、めっちゃ怖くて泣いちゃったよ~」
「そうそう、で、あれでレポート書こうと思って返してくれる?」
「え?」
戸惑った表情の友人。嫌な予感がした。長い髪で、いつも髪のキューティクルと前髪の整い具合を気にしている彼女は、社交的だ。誰かに貸してしまったのか?
「まだ、全部読んでないの?」
「あ~」
しばし、読み終わってないと返事しようか悩む仕草を見せる友人。
「いや、読んだんだけど、汚しちゃったんだよね。新しく買いなおして返していい?」
「いや、汚れててもいいよ。読めたらね。だから、明日には持ってきてほしいの」
最悪だ。汚れているかどうかの問題じゃないのだ。あれは、亡くなった祖父の蔵書の一つなのだ。今でも書店で売っている有名な本ではあるが、話が同じでも祖父から受け継いだのはあれが唯一無二のものだ。
「いやいや、ごめん!じつは、あれ、サウナにおいて来ちゃったの!3日前だからまだあると思うんだけど」
―貸したくなんてなかったのだ。面白そうだねって彼女が何度も言うから、貸さないわけにはいかなくなった。それこそ、私が増刷版を買って彼女に貸せばよかったのだ。後悔しても遅い。
お風呂で本を読む人種が信じられない。紙の本だよ?水に落としたら、一巻の終わりでしょ?それ以前に、のぼせちゃうから自分の身体を大切にしなよ。
いくらなんでも、サウナって。3日前というのも他人に借りたものなんだから、すぐに探しに取りに行けよ!と思ってしまう。
多分複合型のスパかなんかで、料金がかかるからまた行くの嫌だったのかもしれないけど、別に施設利用しなくても、忘れ物だけ取りに行けるから。妙なところで見栄っ張りなのも、人種が違うなって思っちゃう。
もう、絶交。
言いたいことを全部飲み込んで、私は彼女をじっと見た。
「そうだ。その本取りに行くついでにさ。松本清張館見に行こうよ。多分、本も売ってるよ」
彼女の提案に、すっと怒りが和らいだ自分は現金だ。確かにせっかくこの県の大学に進学したのに、場所が遠いのと誘う人もいないので行ったことがなかった。近くにあるという、お城の中の宮本武蔵コーナーも見たいな。
長い自粛生活で、やりたいことがつらつらと浮かぶ。キャンパスライフなんて夢見ていたつもりはなかったけれど、自分でも気づかぬうちに鬱屈したものがあったのかもしれない。
「そっか。行ってみたかったんだよね!じゃあ、土曜日ね」
週末彼女がバイトを入れていないのは知っている。勝手に予定を入れると、彼女は観念したように頷いた。自分のせいなんだから、彼氏とのおうちデートは1週間くらい我慢してもらってもよいだろう。このご時世だよ?
そして、週末。
高速バスに乗って、同じ県内でも県庁所在地からいかに離れているかが分かった。そりゃ、彼女も他人からの借り物でも取りにいけないわけだ。きっと彼氏とデートにでも来て、忘れたんだろう。小旅行感満載だ。
駅前のショッピングモールが思いのほか大きくて心惹かれたらしく、城を見たら、彼女は結局松本清張館にはついてこなかった。
自分が誘ったくせに、もう本当に彼女との付き合いを考え直したい。
一人で恐る恐る行ったら、客もいなくてほっとした。再現したらしい作者の書庫の鉄骨の棚がなんともリアルだ。書斎とかもある。
それに松本清張だけでなく、海外のミステリー作家の生原稿なんかも飾られていた。
彼女は誤解したようだが、松本清張は祖父の趣味で、ミステリー自体私はそんなに読まないから、洋書なんて未知の領域だ。それでも有名な知っている作家の生原稿だと思うと心が躍る。
エドガー・アラン・ポーの「黒猫」の世界観のある椅子。カメラ越しだと黒猫が現れる!どんな仕組み?そういえば、猫の鳴き声もうっすら流されているようだ。椅子に座って自撮りしようかと悩む。
でも、私は普段写真なんてあまりとらないのだ。SNSに自分の写真をあげたことは一度もない。というか、SNS自体ほぼ見る専用で、ブログを書く以外は放置している。
彼女に言わせれば、私のそんなところが、コミュ障を超えて陰キャなんだそうだ。
失礼すぎるだろ。
とりあえず、心がざわつきながら。その周辺を未練がましくウロチョロ。係の女の人はこっちを見ていなそうだけど、結構近い位置に座っている。
「写真撮りましょうか?」
後ろから声をかけられて冷やッとした。近くにいた館内スタッフの女性・・・ではなく、さきほどたくさん見た松本清張の写真から抜け出たような丸顔の小柄な男性だった。髭はないけれど、似せにきてる?いや、私が勝手に重ねているだけか。
「お願いします」
たった一人で見知らぬ誰かに写真を撮られる。それも証明写真じゃない。
とっても恥ずかしかったけど、うれしかった。
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