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本当に怖くない猫の話 part.10

何でも屋は、何でも仕事を引き受けるわけではない。これまでそれについて説明をする機会はなかったが、今後は新規の依頼人に対してはまずそのことを言わなければならないと何でも屋は思った。

「ダイクロイックアイの猫を探しているんです。オッドアイの猫でも引き取ります」

年齢は何でも屋と同じか少し上くらいだろうか。薄くなった髪を綺麗に整え、身なりもよかった。待ち合わせのハンバーガーチェーン店が似合わないくらいには実入りの良い仕事をしている人間に見える。とはいえ、今は会社トップでもユニクロなど量販店のメーカーの服に身を包み、そこらへんの青年みたいにしている人も増えているようだから、高いスーツで判断はできない。

ただ、洋種でなくて良いからと目の色だけにこだわって60万円、他にほしい人がいる場合その人より高値で買うというくらいだからそれなりに金があるには違いない。

「ダイクロイックアイですか・・・?それは、かなり珍しいですね」

何でも屋は慎重に答えた。実は何も知らない振りをしようかと思っていた。最近ちょうどそんな猫を見たばかりだったのだ。一つの目の中に二つ以上の色を持っている猫。中でも何でも屋が見たのは綺麗にイエローとブルーで綺麗に左右の色が割れている猫だった。さらに言えば、そういう目の色が複数混ざっている猫は白猫が多いらしいが、その猫はパステルカラーの色の薄い三毛猫だった。

子猫だったせいか以前、猫の見合い相手候補だったオッドアイの白猫を見た時のような怖さは感じず、ただ可愛らしく見えた。瞳は確かに神秘的で、まるで色の混ざったガラス玉のようだった。

欲しいという気持ちはわかる。わかるけれども、珍しい目の色の猫を集めていると言われれば、何となく何でも屋はそのあり方に抵抗を感じざるを得なかった。

「オッドアイの猫を10匹飼うのが目標なんです。いえ、トータルじゃなくて今生きてるのを並べて10匹です。猫には贅沢な暮らしを保証します。最高の環境で宝石のような瞳の美しさを最大限に引き出して愛でたいんですよ」

依頼人の男は汗かきらしく、冷房の効いた店内で終始額と前髪をハンカチでぬぐいながらそう語った。

「しかし、私には探す当てがないんですよ」

何でも屋は飲みなれた酸味のするコーヒーで心を落ち着かせながら淡々と答えた。白猫についてもめていた新婚夫婦は今更金に釣られて猫を手放すことはないだろう。ダイクロイックアイの三毛猫もその保護猫施設ではわざわざ奥に隠されており、大人になってからという条件であればということで何でも屋に特別に見せてくれたのであった。

何でも屋は、もう半年もとある女性から猫の見合いを頼まれている。なかなか運命の出会いがなく、その常連の女性は『珍しい猫でもやっぱりまずはオス猫で考えたいからやめときます』とその珍しい猫を辞退してしまった。『そういう心根の人にぜひ引き取ってもらいたんですよ』と保護施設の責任者は大層残念がり、何でも屋の方で引き取らないかと持ち掛けてきたが、見合いの依頼人のような金のある家ならともかく、希少な猫を飼っても十分な防犯設備を整えられないからと辞退させてもらった。

眼の色が珍しくても中身はいたって普通の猫、例えば今後もし重い病気を患っていたら、その治療費だって馬鹿にならないのだ。移るような病気であれば、今飼っている先住猫と同室では暮らせない。依頼人の男が自慢たらしくみせてきた8匹のオッドアイの猫たちは毛艶もよく可愛らしい首輪をして何不自由もなさそうで、こんなところに引き取られていた方が幸せだったろうになと家で待っている黒いちび猫を思い出して何でも屋は自分を惨めに感じてしまうばかりだった。

「白っぽい猫ばかり8匹なので、首輪ですぐ見分けがつくように飾りを大きくしているんです。男がみっともないと思われるかもしれませんが、名前の方はシンプルに目の色で読んでいるんですよ」

男は気恥ずかしそうに言った。確かに人間の子だって8人も名前を考えるのは大変だ。それが猫8匹を自分で考えて名づけるなんて真面目に考えるほど面倒くさくなりそうである。ブルーヘーゼル、イエローブルー、ヘーゼルゴールド、カッパーイエロー、ゴールドブルー、イエローヘーゼル、カッパーブルー、グリーンカッパー。わざわざ首輪に名入れまでしてある徹底ぶりだ。そんな長い名前で1匹ずつ呼んでいるのかとつい好奇心に駆られて彼が聞くと、当然短く短縮して呼んでいるという返事が返ってきた。ブル、イーブル、ヘッド、カッパロー、ゴルドール、イグ、カーブ、グーパー。ー短縮した名前と両方覚える方が余計に手間のようであるが、そういう手間のかけ方も男の愛情表現の一種なのだろう。

男の熱意はわかったが、とはいえ何でも屋は依頼内容にあまり惹かれなかった。

「これまでもご自分で探してこられたのでしょう?当てのない私よりもやはりご自分でこれまで通り探された方がよいのではありませんか?」

出来ればこの場で断ってしまいたいと思って、コーヒーをすすりながら上目遣いに依頼人を見ると、依頼人は困った顔をして手をもぞもぞさせた。

「私は仕事で1年の3分の1は海外におりまして、これまで猫の面倒を見てくれていた妻と数か月前に離婚して出ていかれたばかりなんです。通いの家政婦さんが猫好きでこれまでオッドアイの猫を探してきてくれていたのですが、その彼女も旦那の転勤とかで後半年で来てもらえなくなるんです。新しい方とこれまで来てもらっていたもう一人と家政婦が二人いますが、男の一人住まいは味気なく、どうしても猫の瞳の色を早いところ集めて楽しく暮らしたいと思うようになったんです。男の一人暮らしは保護猫だと引き取るのに審査の時間もかかりそうですし、買った方が早いんですが、あらゆる手をつくさなければ理想の猫に会える確率は低くなるでしょう。なんでそんな不思議な色の目になってしまうのか毎晩考えながら幸せに寝て暮らしたいんですよ」

依頼人は饒舌だった。何でも屋は結局その場では断り切れず、交通費と相談料代わりと言われ1万円をもらい、賑やかな店内を後にした。

「神秘の瞳か」

何でも屋は深夜テレビを見ながら黒猫を膝に抱えて今日の依頼人のことを考えた。ダイクロイックアイは神秘的である。調べてみると我が家の猫がダイクロイックアイであるとSNSに写真をあげている人もいるようだ。今はSNSで住所を特定できる世の中なので、珍しい猫を盗まれる原因になりはしないかと老婆心ながら心配になる。それでなくとも、何でも屋の黒いのが庭に脱走した回数は一度や二度ではない。首輪をつけようかと何度か考えたが、それはそれでノミやダニが体につく原因になると聞いて躊躇していた。そもそも男一人で猫の首輪を買いに行くのが恥ずかしい。常連の依頼人にもらおうかとしたことがあるが、そこの三毛猫が首輪をしていなかった。猫にノミダニ駆除の首輪をつけたら、首に農薬をつけているようなものだと言われてから、何となく普通の首輪もしなくなったということだった。黒いのに名前をつけてもらおうと思うが、何でも屋がいつまでも名前をつけないので、もはや彼女の中ではクロちゃん呼びで定着している。良い名を思いつかなければもはやそのままでいいかもしれないと思い始めていた。名前を思いつかなくってな・・・。

名前だけでなく黒いのの目の色も今日の依頼人に会っているときに何でも屋は思い浮かばなかった。多分黄色だよなと思いながら膝の上の猫の目の色を確かめようとするが、猫は膝でずっとうとうとしている。朝晩は黒目がまん丸でその周りの色があまり意識されないし、昼間は猫は目を閉じてぐっすり寝ている。目の色なんてどうでもよいと思いつつも気になったので、一緒に布団に来た猫をふいうちで膝の上で仰向けにして抱っこすると、抗議するみたいににゃあと鳴かれた。そうやって確かめた猫の目の色は、黄色に少し緑がかっているようだった。生後半年は経ったので、子猫のキトンブルーが残っているということもないだろう。黒猫ならまっ黄色だと決まっているのかと思っていたが、そうでもないということのようだ。何なら銅色でもかっこよかったかなと他愛もない夢想をする。しかし、そこで思考は少し脱線し、あまり綺麗な珍しい目の色の猫だと昔の日本なら目をくりぬかれてコレクションされていたのだろうかという疑問が生じた。猫の毛皮で三味線を作っていたくらいだ。その猫の肉は昔なら食べていただろうし、猫の扱いは畑の役に立つ牛馬以下だったという話も聞く。ダイクロイックアイはないにしてもオッドアイの人間などかつてはどんな扱いを受けたのだろうか。古代や中世の欧州では魔女扱いでもされたのか・・・。想像するとぞうっと背筋が凍ってきて、何でも屋は考えるのをやめにした。

珍しいダイクロイックアイの猫探しの依頼。報酬は悪くない。けれども、猫の目の色なんて何でも良いかと日が経つうちにますますどうでもよくなった何でも屋が連絡をしなかったため、その依頼人からも再度依頼の連絡がくることはなかった。

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