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本当に怖くない猫の話 part.16 後編

技官がいうには、代議士は相当な変わり者なのだそうだ。

勉強が割と好きなのに相撲界に入り、相撲が嫌いでないのに相撲をやめた。

政治に興味があまりないのに、代議士にまでなった。その地位に特にしがみつきたいとも思っていない。

婚活にしたって、相撲界にも政界にもどちらにも見合いを世話してくれる人はいるのに、誰とでも結婚する気がありながら誰にも頼まない。地元に凱旋するのは好きなのに、地元の同級生以外とは新たな知人を作りたがらない。

結婚相談所など本来必要ない人物なのだ。自分自身には一癖も二癖もあるのに、結婚相手には平凡を望む。

極め付けは、いろいろな人と会って見れば良いのに3番目の人に彼が決めてしまったことだった。

付き合ってから不満が多い。彼女が他の男を匂わせもする。仕事仲間が彼女と交流があって、あまりよくない彼女の素行を当て擦る。極め付けに彼女は結婚相談所に登録したものの結婚する気はなかったというのだ。

この相談所ではないことではない。良家の子息令嬢がステータスとして登録することはある。しかし、彼女は平凡な家庭出身の看護師で、相談所は知り合いの医師から紹介されたのだそうだった。

技官は顔がどうのというが、何でも屋は美醜についてはよく分からない。技官や代議士が整った顔立ちであるのは分かるが好みもあると思う。依然として、代議士の相談時間は長かった。つべこべ言うならやめてしまえと思うし、はっきり別の方と関係を始めた方が良いと言ったのだが、彼はもう彼女と結婚すると頑なだった。彼女の仕事に対する姿勢を尊敬するというのだ。私生活については二の次らしい。結婚相手なのに、そんな選び方で良いのだろうか。食事や他の趣味もまるで合わないらしかった。彼は魚や和食が好きだが、彼女は肉が大好きだ。

彼は雑誌のインタビューで語っていた。

「私の志は相撲から始まった。相撲界には変革が必要で、それは社会の変革を必要とするものだ。私が培われた相撲の世界の問題から私は社会に目を広げることが出来る。全ての組織は日本の代表である。相撲だけが国技ではなくあらゆる優秀な成績をおさめたスポーツが国技だ」

彼女は野球観戦はするがスポーツを自分がすることは好まない。怪我をわざわざするような格闘技は野蛮だという。

飴と鞭。試してみたら当たり前かもしれないが飴の方が効果があった。結婚しないなら別れるではなく、結婚したら結婚式をやるよ家を建てるよ家計は自分が受け持つよ、君の給与は君のものだよ、そんな風な説得が良かったらしい。

彼は自分を暗闇の中に置いて見つめ直すということが出来ない性格のようだ。トンネルを過ぎても雪国に感動しないタイプだ。

情緒は解さないのに、情にはほだされやすい。

やや、情熱。

「ああ、無情(レ・ミゼラブル)」の主人公ジャンバルジャンが、パン一つを盗んで牢獄に入ったとすれば、こっちの人はパンを初めて焼いて幸運をつかんだ。

「君の気持ちが伝わるよ!」

そう言って絶賛してくれたのは、日本の代議士様だった。水族館デートに初めて焼いたパンでサンドウィッチを作って持っていったら、えらく代議士が感動したというのだ。

「パン一つで結婚を決めちゃったんでしょうね」

幸運をつかんだはずの方が冷めていて、心細いからという理由で、相談所の所員まで彼らの結婚式に招待されることになった。

疫病の最中に人数を増やすなど、あってはならないことだが、新郎側の山積者に新婦側の人数を合わせないといけないというのだから、仕方がない。

彼女は前の会社が合わなくて失業したばかりだった。式に呼ぶ会社関係者もいなかった。そして、結婚式で無職であることを聞かれるのを億劫がっていた。

結婚式なんてしたくない・・・と彼に言えなくて・・・という愚痴を延々と1時間以上、結婚が決まった報告に来た相談所で話して帰った。

話が長いのは、すでに似た者夫婦である。

技官も参列して、同席だった。

「ああ、あの人は厚生労働大臣で、彼は大使館勤めで日本に帰ってきている人で・・・」

参列者がだれかいちいち教えてくれるので、何でも屋たちは大変助かった。

ただ、君も早く結婚したまえと結婚式にかこつけて若い娘さんを紹介してこようとする人たちに、

「ここの席は独身同盟を組んでいるんですよ」

と説明してかわすのは大変迷惑だった。何でも屋は結婚に興味はないけれど、絶対に結婚しないと決めているわけではなかった。隣の依頼人も迷惑そうであった。さらに、相談所の所長などは既婚者であるが、その科白を聞いた時には盛大にむせていた。嘘をつかれたら困ると思ったわけではなく、”結婚相談所に人間が独身同盟を組んでいるという”のが冗談にしても洒落が効いていると笑いのツボにはまってしまったようだった。たくさん美味しい食事を食べたいと言ったのに、席を仕切るアクリル板に吹きかけた息で靄ができて食べる手が度々止まるほど笑っていた。

「ねえ、二人とも同時に、相談所で独身同盟を卒業する気はないの?」

特に知った人もいない結婚式で形ばかりに着飾って、辛気臭い顔でもそもそと食事をする二人を所長は笑いながら見た。

「それは、僕も興味があるな」

技官も興味津々でフォークで刺したラディッシュを空中に止めた。

二人は互いに目を見合わせたが、特に何も言うことなく、目の前の皿の料理を片付けることに終始した。

その後は、所長も技官も何も言わなかった。

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