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【書評】Genocide ジェノサイド

ジェノサイド Genocide
by 高野 和明

人類に危機が迫る―ジェノサイド(大量虐殺)の裏に隠されたものとは

 ”これを考えた小説家の頭は一体どうなっているのだろうか”
この物語を呼んだあるジャーナリストがそんなコメントを残した。全くもって同意見である。
科学、薬学、政治学、人類学がある一つの事象によって大きな物語を成していく。
この物語は三つのシーンが独立して始まる。アメリカ大統領府、不治の病に侵された息子を持つ傭兵、父を亡くした日本人の薬学院生。
初めは点でつながりのない三つのシーンもまたある一つの事象によって一つとなっていく。コンゴ共和国のウイルスか、あるいは病気の一種か何かと思っていたのが・・・

鍵を握るのは新人類であった。

出で立ちは前頭葉が肥大した三歳児の少年、目は猫のように大きく見た瞬間に”この世の存在ではない”と気づくという。
ヌース(彼)は数学、特に素数の計算に長けているとされている。現在の最新の量子暗号は素数同士の演算を使っており、人間の計算能力では不可能とされる。
つまりヌースの登場が現代の国家安全保障を瓦解させる(そして実際にアメリカの軍事行動をものの見事に斥けてしまうのだが)恐れがあった。
物語中盤における彼の登場と共にこの抹殺と救済をかけ三つのシーンが徐々に絡みついてく、その物語展開の方法はこの作者の得意とするところなのであろう
読み進めていくごとにバラバラと散会していたパズルがきれいに収まっていく感覚はある種の快感を覚えるほどだ。

それぞれの登場人物には詳細な設定が施されており、こちらもまた見どころの一つになっている。
生まれつき肺胞硬化症(10万に1人の確立で罹患)を持ってしまい生まれながらに呼吸困難症状が続く子供。子供の治療費を稼ぐために家族を離れ闘いに身を投じる傭兵。
治療費のためという言い訳をし息子の辛い姿から逃避していることに罪悪感すら覚え、家庭崩壊もままならない彼の心情は苦境そのものだろう。
最後に二人が会ったときは読んでるこちらが強い安堵の気持ちを持つほどだ。
一方薬を作る薬学院生は大きな期待と責任感に立ち向かう。自分の研究という道を疑念に思いながら突如降ってきたGIFT(作中の創薬ソフト)が彼のその後を変えていく。
これまで世の中になかった薬を一か月間で、しかもアメリカの国防総省の手から逃れながら完成させなければならない。
こんな無謀な挑戦に彼を駆り立たせたのは病気の少女、死んだ父の意思、でも彼が最後に掴んだものは科学者としての歓びであった。
父が子を、子が父を、それぞれの強い思いが挫折をしそうになりながらも困難を押しのけ前に進んでいく、父は知らぬ間に子に道を作っている、今はそれを知らなくてもいつかはそれに気づく。

この小説、人生で初めて父が勧められた。偶然か意図したのか(おそらく偶然だろう、なんたってBOOKOFFで200円だったと自慢してきたのだから)、それでも嬉しい気持ちになった。
最後にこれは科学の物語であり、人類の物語であり、親子の物語であった。


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