朝ランで咲き誇るぺんぺん草を見て、山頭火に思いを馳せる
朝ランで田んぼの脇を通ったら、一面にぺんぺん草の花が咲いていました。正式な名前は、なずな。春の七草のひとつです。
それを眺めて走りながら、ひとつの俳句が頭に浮かびました。私がいちばん好きな句です。
ひっそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり
作ったのは種田山頭火(1882年〜1940年)。放浪の暮らしを送りながら、五七五にとらわれない自由律俳句を多く詠んだ人です。
私は芸術に詳しくありませんし、俳句もわずかしか知りません。でも、山頭火の俳句には心惹かれるものがいくつもあります。
代表的なものとして知られているのは、
分け入つても分け入つても青い山
うしろすがたのしぐれていくか
けふもいちにち風をあるいてきた
などでしょうか。五七五のスタイルでは、
あの雲がおとした雨にぬれている
ほととぎすあすはあの山こえて行かう
といった句があります。
山頭火は1人で歩き旅をすることが多かったのだろうと思います。寂しさを感じる句も少なくありませんが、1人でいたからでしょうか、自然に対する目線がとても細やかです。ほんの短い言葉から、その場の情景が思い浮かんでくるのです。それが、ほどよい山や田園風景の中を走るのが好きな私にとって最大の魅力です。
もし今持っている本を10冊に減らさなくてはならないとなったら、私はその中に「山頭火句集」を入れます。
ぺんぺん草は春の七草ですから、山頭火が上に記した句を作ったのは今頃の時期でしょう。ひっそりかん(ひっそり閑)ですから、あたりに人がいなくて鳥の鳴き声などもしないようなときだったのだろうと考えられます。
時間帯はいつ頃か、そこに咲き誇るぺんぺん草はどれほどの広がりを持っていたのだろうか。いろいろ想像が湧いてきます。
山頭火が放浪の旅をしたのは、100年ぐらい前のことです。建物や道の様子、車の多さや街の規模などは今と全く違ったことでしょう。でも自然が残る中を走ったり歩いたりするとき、山頭火が詠んだのと少し重なる景色を眺めているのかもしれないと感じることがあります。
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