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回想散文1-8 正義感の強いこども


大学は農学部に進学した。理由は地球環境問題の解決に貢献できるような研究・就職をしようと思っていたためだった(こう書くといかにも高尚だが結局は断念した)。

起点は小2の授業だったんじゃないかと思う。

"地球温暖化"という言葉をその頃に習ってはじめて知った。「地球の気温がどんどん上がっていって今ある生態系が壊れていく」それは子供のわたしにはとても恐ろしいことに思えた。

大好きな自然や動物が人間のエゴのせいで潰されてしまうなんて、、自分もヒトであるにもかかわらず許せなかった。いや、自分もヒトだからこそそのままにしておくのが嫌だった。絶滅危惧種に本当に申し訳ない気持ちになっていた。

一種の強迫観念だったのかもしれない。

その当時、自分が想像する美しい世界(清らかで自然に溢れた美しいイメージを頭の中に持っていた)が人々のエゴイズムによって汚されてしまうというような。自分はそこに加担したくない、と。実際は生きてるだけで既に加担しているのだが。

「人」というものが苦手だったというのもあるかもしれない。

1人1人がちょっと我慢したり工夫すればゴミは減るし、エネルギーだってもっと少なくて済むはずなのに。皆がちょっと力を合わせて勉強すれば新しいエネルギーだってきっと作れるのに。
論理的に考えればそうなのだが、人はロボットではない。我ながら行き過ぎた理想主義で周りが見えていなかった。現実はそう簡単ではない。幼いわたしにはそれが受け入れがたく潔癖感を強めていた。

そのせいか昔から法律や経済といった学問に興味を抱けなかった。今は流石にそんな事は思わないが、子供の頃は「人が使ったルールや学問には興味が持てない」と本気で思っていた。
地球温暖化対策へのアプローチは社会学的な観点からでも可能だと思うが、科学的なアプローチを好んだのはその方が実益になるし意義があると信じて疑わなかったからだ。

小2当時はまだ気温への影響も体感としては少なく、温暖化の実感はなかった。小6くらいになると夏場の温度が30度超えることが増えニュースでも取り沙汰されるようになった。
気温の変化に弱いわたしは、また地球温暖化への不安感を高めていた。「今年の夏は暑過ぎた。温暖化が進むのが嫌だ。」というような内容を当時の文集に書いたくらいだ。

このまま暑くなる世界なんて皆も耐えられないだろうから、環境問題に関わる仕事は将来需要があるはずだ(実際にはヒトのエゴイズムや国際的な事情はわたしの想像を遥かに超えて大きく、環境に関わる仕事は思ったほどなかった)とも思っていた。

こうして冷静に思い返すと、ヒーローイズムの裏にはエゴと不安と打算の気持ちもかくれていた。

わたしもヒトらしい人だったのだ。


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