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第3章 始動 ⑩「根拠、根拠って何?」

 私はいたずらに放射線の危険性や怖さを強調したいわけではないし、大変敏感なトピックだから根拠やデータをきちんと踏まえるべきだと思っている。
 それでも「根拠」ということが何を意味するのか分からずに悩み続けた。
 当該部分の書き方をめぐり、原稿作成がなかなか先に進まないことへのいら立ちも相まって担当者とは相当やり合ってしまった。

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 このままでは埒が明かないと思った私は「ナガサキノート」を執筆した記者に、このことを思い切って聞いてみた。

「―問い合わせいただいた吉田勲さんの件ですが、明確に放射能だと指し示すような証拠までは調べておりません。
 当時の病気の診断書などがあれば別ですが、そこまでは吉田さんは確か持っておらず、70年近く前のことなので、今から証明するのは医者でも難しいかもしれません…。」

 「取材ではだいたい、放射線によって引き起こされる急性症状から、大きくかけ離れていないかは確認します。
 『××という症状が出た。Aさんは『××は放射線の影響だ』と思っている』という風に、因果関係を地の文で断定するのではなく、「当事者が思っている」と書きます。
 
 (中略) 「体調不良は本当に、放射線の影響なのか?」という問いは、とても難しいテーマですよね。 戦中・戦後は食糧が不足し、栄養失調のために出た症状も少なくないと思われるからです。
 ただし、被爆者のみなさんが「他の地域の戦後の人」と違ったのは、「原爆の影響じゃないか」「まわりで急死する人がいる、いつ自分もそうなるか」ということに悩まされたことです。
 ですので、「放射線の影響かもしれないと悩んだこと」も原爆がもたらした負の影響だととらえ、できるだけ本人の弁をベースに記事を書いていました」。

『ナガサキノート』執筆 朝日新聞社 真野啓太記者

***
 
 私はこの説明を聞いてやっと納得できた。
 そして最終的に原稿の文章を「被爆してしばらく経ってから、勲さんの身体に異変が起こりました。原因は、放射線による白血球減少だと“思われます”」という断定しない形で書いた。
 私自身も納得したし、市側のチェックも通った。


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