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(全文公開)「表現の自由」とSNS時代の授業

パリ郊外で、授業中にムハンマドの風刺画を見せた中学教師が殺害された衝撃的な事件に文字通り言葉を失って、記事にするのに時間がかかってしまった。

以下の記事では事件の背景も含めて概要が述べられている。

https://www.google.co.jp/amp/s/japan-indepth.jp/%3fp=54341&amp

数日後、犠牲になったパティ先生はフランス最高位の勲章、レジオンドヌールを授与され、国葬というかたちでマクロン大統領の弔辞に送られた。

https://www.afpbb.com/articles/-/3311250?cx_amp=all&act=all

週末には言論の自由を訴え、教育者への暴力に抗議するデモが行われ、カステックス首相やパリのイダルゴ市長はデモへの支持を表明した。

こうしてパティ先生がフランスの民主主義的な価値観の象徴として祀り上げられた状況に懐疑的な意見もある。昨年以来、COVID-19によるロックダウン、経済的な冷え込みを経験し、今日でもマスク着用義務や一部地域での夜間外出禁止などの様々な制約のあるこの困難な状況の中で、人々のさらなる分断というリスクをおかしてまで「表現の自由」を強調することの危うさをこの記事は指摘している。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20201022-00204228/


私自身が高校で公民や小論文の授業を担当していたとき、表現の自由は生徒たちに考えてもらうべき大切なテーマの一つだったし、そもそも、教師自身の表現の自由が保障されていなければ積極的な授業はできない。
どんなテーマを扱うにせよ、その教材を選んだら首を切られて殺されるかも知れないという恐怖に怯え続けながら授業準備を、少なくとも充実した授業の準備をすることは不可能である。
私の授業中には随分政治的に踏み込んだ話をしたこともあったが、生徒からも保護者からも教材選択や授業内容に関して非難を受けることはなかったのは、単に私の担当していたクラスはフランスパリ郊外ほどには多様な人種や文化を含んでいなかったからだろうか。あるいは幸運にも理解のある生徒や保護者たちに恵まれたからだっただろうか。しかし、その「理解」はどこから生まれるのだろうか。

中学や高校の授業は、たいてい一年を通して一人の教師が一つの科目の授業を同じクラスにし続ける。その中で教師と生徒がお互いを人として知り、生徒は教師がだいたいどんな価値観のもとでものを言っているのか察知し、教師は必ずしも生徒一人一人を個人的によく知るには至らなくても、このクラスではこういう話をするとこんな反応、といった手応えをだんだん得ていくものだ。一つ一つの授業は、そういう「文脈」の中で実現されるものである。

今回のパティ先生の事件は、生徒の父親が抗議ビデオをSNSに投稿したのに対して、はるか遠くに住んでいる縁もゆかりもない容疑者が反応したことで起きたという。

保護者は、生徒と教師が築いている関係、年間を通したやりとり、ここで言う「文脈」の外側にいる。もちろん子供の教育がちゃんとなされているか心配して意見を言う権利も責任も親にはあるけれど、授業の行われている教室での「真実」に関して、親が得られるのは、子供からの報告を聞いた自分なりの解釈、という二次的な情報である。
さらに、その親の作ったビデオをSNS上で見た赤の他人にいたっては、パティ先生が行った授業に関しての文脈へのアクセスはゼロである。先生が生徒たちとどんな信頼関係にあるのか、どんな状況でどんな意図でその授業をしたのか、知る由はない。その授業についてのいち保護者の解釈を真に受けて過剰反応し、その中学校の生徒に金を払って犯行に協力させて残忍な方法での殺害に到り、自分も警察に射殺されたという顛末は悲しすぎる。
情報が文脈から離れて一人歩きし、拡散される可能性のあるSNS、ひいてはインターネットの負の側面が痛感される事件だ。

SNS時代の授業は、どんなに文脈から切り取られて見られても誰にも批判されないような当たり障りのないものでなければならないのだろうか。そんなことが可能なのだろうか?それよりも、SNSの情報がいかに断片的で、バイアスのかかったものかを理解しつつ受け取るというリテラシーを教えることが一層の急務ではないだろうか。ではそのリテラシーの教育はどう組み立てるのか...?

まだ暗澹とした気持ちのまま、私自身が携わる音楽学校の、文化的背景の複雑なクラス(把握しているだけでもフランス人、韓国人、中国人、日本人、ウクライナ人がいる)での自分の振る舞いを一つ一つ見直しながら、答えを探していきたい。

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