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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】⑧

【病気を治す神秘の光『Marie』】

「友哉さんが、テロリストと戦っても誰か分からないようにする作戦も練ってあります。AZには高度な技術からくだらないマニュアルまでなんでも入っています」
「くだらないマニュアルって」
ゆう子は少しはにかんだ。
「友哉さんの女性の服装の好み、下着の好み、セックスのプレイの好み。…データに入ってます。分かるそうです。下着の好み……薄い色のを持ってきましたよ」
「洋服の好みがばれてるのに、それ?」
アレキサンダー・マックイーンのことだ。
「海外旅行だから」
「旅行?」
「うるさいなあ。言葉のあやですよ」
「いや、新婚旅行って言わなかったのに驚いた」
すました顔で言うと、ゆう子が「なんてムカつく……。やめようかな」と呟いた。友哉に聞こえたようで、
「離陸した瞬間に帰るのか。得意の心臓発作を起こせば成田に引き返してくれるぞ」
ひどいことを言っているが、友哉がすぐに、
「飛行機は平気なのか」
と、優しい目でゆう子を見た。
「なんの話術だよ。怒り損ねるばかりじゃん」
「なに?なんだ?辛いのか。少し、揺れてるな」
友哉が機内を見回す。
「大丈夫です。AZで遊んでる。あなたが冷たいから!」
「そうか。それ、君のただの玩具だ。トキと出会ったあの日が誕生日だったのか。おめでとう」
「先生、本当に面白い男性ですね。わたしの誕生日は来年の一月二十日」
「その日で二十八。まもなく三十路」
「面白いですねえ。殴りますよ」
「そんなデータに頼った恋愛でいいのか」
「もちろん、データを見るのは最初だけですよ。わたし、そんなに恋愛経験はないから、普通にマニュアル本として使おうと思っているし」
友哉がじっとゆう子の目を見た。
「本当にそんなにないですよ。写真週刊誌がうるさいし、若いうちから仕事に熱中してきたから、優しく抱いてね」
「………」
「好きになったら、です」
「無駄に精力があるから、あまり誘惑しないでほしい」
「トキさんからは、友哉さんが疲れたら癒してくれ、って」
「疲れてない」
「テロリストとケンカしたら疲れます」
「テロリストと戦うとは決めてない」
「え? 話が違います」
ゆう子が目を丸めた。
「まあまあ、やってみるけどさ。まだ現実味がないよ」
「そうですね」
しばらく二人とも機内食を食べていた。ゆう子はシャンパンを飲んだあと、ワインも飲んでる。
「足を治療したら、絶倫になったんですか」
やや酔った口調だ。
「そうみたいだ。だけど、それ以外はただのおじさん」
「筋力は?」
「うーん、殴られても痛くなかったけど、筋肉が鋼鉄になっている感覚はないな」
すると、ゆう子が友哉の肩を人差し指で押して、
「本当だ。むにゅってなった」
と言った。そして、少しはにかみながら、
「精力が無駄にあるって…」
と訊く。
「一晩中、勃起が続く。ただし、心肺機能はついていかないから、疲れてくる。つまりだ。男のあれだけが疲れなくて、他はなんにも変わってないってこと」
「ワルシャワで何かが起こる新婚旅行」
「新婚旅行じゃない。何かの罠」
「罠じゃないもん。大人だからね。そのうち…」
頬が朱に染まる。
――うーん、本当に一目惚れをしてくれているのか。なんか悪い気はしないな。
「あ、友哉さんもブルガリのリングですね。ユニセックスの」




友哉のリングには、人の病気の治療ができる機能が備わっていた。ただ栄養を与えることもできるし、ケガも治せる。なぜ、そんなことが出来るのか友哉には分からなかったが、トキが友哉を治療した医療技術がリングの中に備わっているのだと友哉はなんとなく考えていた。『分からないことは彼女から訊いてください』とトキに言われていたが、質問責めも良くない。
「どんな病気も治せるそうだが、まだ使いこなせない。君の疲れを取るくらい……」
「それだけでいいじゃないですか。わたしが疲れる時は、きっとベッドの…」
「酔ってるのか。ワイン、三杯目だ。このリングもその指輪と一緒に買ったんだ。リングを使うと、俺が疲れる」
「聞いていたけど、誰かの疲れを取るくらいで?」
「ああ、一瞬、がくっとくるんだ」
「転送もそうだけど、完璧じゃないんですね。ちなみに酔ってます。お酒の力に決まってるじゃないですか。会ったばかりの男性と精力の話をする女がどこにいるんですか」
「ここにいる…」
お喋りを止めないゆう子の肩に友哉が触れた。
すると、リングが緑色に光った。蛍の光に似ていた。
「光りましたね。なんかしましたか」
ゆう子が目を丸めた。
「実験。何をしたと思う? うん、これはそんなに疲れなかった」
友哉はしかし、キャビンアテンダントを呼び、レモンスカッシュを頼んだ。
――喉が渇いた感覚がした。ちょっと緑色に光らせると体のどこかが疲れるのか。人の病に対して万能らしいが、遊ぶことはできないばかりか有事の際に厄介だな。
神妙な顔をしていると、
「そのリングでわたしに何かして疲れましたか?」
と、ゆう子に訊かれた。
「いや、少し炭酸を飲めば治る程度だ。ワルシャワのホテルで間違いが起こったら大変だから、妊娠しないようにしてみた。俺が避妊のことを念じると、なぜか俺の頭の中に、君の脳内の様子が浮かぶ。ちょっと気持ち悪いんだよ。緑色の光が脳の中を動いて、ある一点で止まるんだ。その時にリングが緑色に光ったら、完了だ。光らなかった失敗。または不可能。どういう仕組みか知らないが、ピルと同じ成分を投与したんじゃなくて、妊娠しない脳に一時的に変えたわけだ。医療に関して不可能はほとんどないらしい。トキがそれを最初にするように言ったんだ。もしものためで、俺は君と寝る気はないから彼氏と試してみなさい。子供が欲しくなったら解除する。まあ、効果は半年から一年くらいらしいから、自然と元の体に戻るらしいけど」
「彼氏、いません。あなたが彼氏候補」
「そうか。もし、セックスして妊娠したら大変だから、部屋ではお互い近寄らないようにしよう」
「え?ダブルベッドですよ」
「……」
「次がないかも知れないから、一緒に…」
「次がない?」
「テロリストにあっさりやられる佐々木友哉」
「まあ、普通は負ける」
「あれ?怒らなかった」
「ベッドの話が変わったからな」
「いろいろ言ってるけど、超下手くそです」
「もういいよ。夢が壊れる」
「夢?」
「清純派だろ。脱いだこともない」
「まあ、清純派女優は嘘ですよ」
そう呟いた。小さく深呼吸をしていた。
どこか辛そうな声柄だったから、友哉は言葉を慎重に選んで、
「妙に堅くても嫌だし、女は乱れる時は乱れる。まあ、とにかく無理はするな」
と言う。ゆう子は挽回できたと思ったのか、また友哉の方に体を向けた。
「病気の治療以外もできるんだ」
「まあまあ、なんでも」
「その光、綺麗なグリーンですね」
「このリングには名称はないのか」
「Marie」
「マリー?」
「はい」
「………」
「なんか、トキさんが教えてくれた武器とかの名前にいちいち首を傾げますね」
――涼子の母親の名前だな
「なんでもない。偶然、知り合いの名前だった」
「また女?」
「違う。友達のお母さんだ。真理子さん」
「へー、まあ、それは偶然でしょ」
リングの光の話は終わり、ゆう子が、
「テロリストとの戦いより、恋がしたいなあ」
また酔った口調のまま呟き、目を閉じた。少女のような顔をしたゆう子を、友哉はじっと見ていた。

飛行機はもう海を渡っている。
ファーストクラスの食事には高級なヒレステーキがあって、ワインと合うその肉料理をゆう子は美味しそうに食べていたが、友哉は食事が喉を通らなかった。
「まだケガの後遺症でストレスが辛いですよね。パンツ見る?」
ゆう子が、スカートの裾を右手の指でつまんだ。
「なんだ、それ? 見たいけど、君が怖くて見られない」
「なんで怖いんですか」
「有名女優が、わたしのパンツを見てとかセックスをすぐやるとか、ありえない」
ゆう子は大きなため息をついて、
「まだ言ってる。あなたもトキさんに会ってるのに疑り深いですねえ。というか度胸ないですね」
と言った。
「度胸の問題じゃない。なんの接点もない人気女優と俺が一緒にいて、その女優が好きだ、セックスをするだって言うのが、普通にありえないと言ってる」
「接点はあります。ないはずがない。体も治してもらって強くなってるのは分かっていますよね」
「なんの接点だ」
「普通に小説家と女優なんだから、接点はあるんですよ。仲良くなったら教えます。で、奇妙に力や精力はあるんですよね。その魔法みたいなものをトキさんから受けて足が治ったのに、わたしがここにいるのは疑わしいの? どちらかと言うと、治らない足がすぐに治ったのがありえない。わたしから見て、あなたがおかしい。疑惑だらけ」
「そうだな。君の言うとおり……。怖い男だよな」
「……あ、ごめんなさい」
友哉が黙っていると、
「下着は自分が使っていたのは恥ずかしいから、パンツだけはぜんぶ新品を買ってきたけど」
ゆう子は話を変え、目を伏せた。
「そこは恥ずかしいのか」
思わず笑うと、ゆう子ぱっと目を輝かして、「笑ってくれた」と呟いた。友哉は思わず目を剥くほど驚いた。
――映画やテレビドラマで見るよりもずっと美人だ。張り切って化粧もしているようだが、この無邪気さが、その美貌により高価な化粧品を与えているかのようだ。
目力はないが、子供のようにまっすぐどこかを見ては瞬きをやめ、髪の毛は水晶のように輝き、鼻筋には知性があり、口元は淫靡に動く。
肌艶はきちんと保たれていて、雪のように白く仄かに赤く、血管が見える青さ、不健康さもない。テレビで見るよりも肉付きがよく、胸が大きく見えた。しかし、それも、「太っている」と言えるものではなく、足は引き締まっていた。
ただ…
急に落ち込む様子を見せるが、その時に呼吸が荒くなる。パニック障害のせいなのだろうか。人生が辛そうな瞳……。無邪気な笑顔に覆われた美貌も途端に台無しになっていた。落差が激しいのだ。
「何か仕事の打ち合わせをしようか」
「ここからトイレに転送の実験」
ゆう子が提案した。
「絶対に嫌だ。失敗して、機外に放り出されたらたまらない」
「そういうミスはないようになっているらしいですよ。ただ…」
「ただ?」
「この転送のボタンを何も考えずに触れると、どこに行くか分からない。AZが勝手に最善な場所に運んじゃうそうで、だけど、最善と言ってもわたしが無意識に思っている場所で、今ならワルシャワのホテル、成田に戻る。わたしか友哉さんのマンション。友哉さんと二人きりになれる観光地とか。勝手に飛ばされるのは確かに危ないですね」
「やめてくれよ。まるで君に自分の命を握られてるみたいじゃないか」
「でも今ならそこのトイレだと思いますよ。友哉さんが行きたいだろうし。先生のPPKとか言う銃が誤発射しないのと同じで、転送もとんでもないことにはならないと思う。機内にレベルが高い悪い人はいません。搭乗前にもチェックしました。例えば、あのキャビンアテンダントさんに向かって、PPKとかいうのを撃とうとしても発射しませんよ、きっと」
「きっと?」
「わたしは使ってないし、それ、きっと重いですよね。かわいいから持てません」
また笑顔を取り戻した。
「かわいい君に向けて撃ってみるか」
「嫌です」
「ほらね。怖いだろうに」
友哉とゆう子は顔を見合わせて、苦笑いをした。
「これ、なんだか分かりますか」
ゆう子が銀色のボールを取り出した。ゴルフボールほどの大きさだ。
「物だけは転送できないけど、これはできる。手荷物検査でチェックされて焦った。奥原ゆう子だから通された感じ。ドイツの空港ではトイレに捨てる。トキさんからもらった友哉さんとまったく同じ質量、熱量の玉です。つまり、このボールは友哉さんなんです。練習に使うようトキさんから渡されて、これでわたしは転送の練習をしてあるのでご心配なく。トイレに転送するから取ってきてください」
AZの転送ボタンに触れたから、友哉がトイレに行った。そこにはゆう子が手にしていた銀色のボールが転がっていて、表面に2の数字が浮かび上がっていた。
----妙だな。トイレのドアを突き抜けるのか。なら、転送はワームホールのような穴を開けることになる。このボールにそんなエネルギーが?
席に戻った友哉が、「あった。ハンカチ、ないかな。余計に濡らした。この数字はさっきはなかったけど」と訊いた。ゆう子がハンカチを渡し、
「友哉さんが回復するまで2秒って意味。転送の練習はホテルに着いてからにしましょうね」
と言う。友哉はハンカチでボールも拭いた。
「いや、もう一度、ボールをトイレに転送できる?」
「え?出来ますよ」
ゆう子がAZを操作すると、ボールがゆう子の膝の上から消えた。
友哉がまたトイレに向かうがドアを開けない。そのまま帰ってきた。
「戻して、ボールを」
「はい」
ゆう子の膝の上にボールが現れた。
友哉をそれを見て、
「キレイなボールだな」
と言い、小さく笑った。
ゆう子が眠る準備を始めたから、友哉は胸をなでおろした。
性格がよく分からない女だが、人気女優としてのプライドがあるのはよく分かった。興味がないような顔をしているから怒っているのかも知れない。
友哉は突然現れた有名女優の言動と美貌に戸惑い、ドイツまでの約十一時間、ずっと眠れなかった。


……続く。

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