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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第二話】④

【アウシュビッツ】



ワルシャワの街にあるレストランに、友哉は一人で入店した。
店内は木の椅子、木のテーブルばかりで、あまり人工的な小物も飾っていない温もりを重視した店のようだ。
ゆう子は近くのホテルに待機して、そこから指示を出す形になっていた。東京でもそういうやり方だとゆう子は言った。
窓際の席に座った友哉は、自分が店員とポーランド語が話せることに気づいた。空港やホテルでは、ゆう子が仕切っていて、彼女が少しポーランド語を喋れるのだと思っていた。リングの中に自動通訳の技術が搭載されているのだろうか。
――今の時代のカードゲームの薄い紙きれの中にも情報が満載なのだから、995年後の未来なら、この厚いシルバーのファッションリングの中に様々な技術を埋め込むことくらい簡単かも知れない。
それにしても、ずいぶん日本人が多いな。
二十名ほど座れる店内の半数は日本人。
「すみません。ここにいる日本人は何かの団体旅行ですか」
一番近くに座っていた初老の男に声をかけた。
「アウシュビッツを見学に行くツアーです。この後、列車に乗ってね」
「あれが…。そんなに人気なんですか」
「ここからは遠いし、人気でもない。君はこの国の美しい町を見に来たのかな」
初老の男は眉間に皺を寄せた。
「はい。町は世界遺産で美しい。アウシュビッツはここからなら、日帰りでなんとかって距離ですか」
「このツアーは人気はないよ。私が以前に来た時は、二人だけだった。今回は私が集めた町内会の仲間たちがほとんどだ。若い人は我々年寄りの息子さんや娘さんだ。若い人はワルシャワの街並みの方が目的。外国人も少ない。まあ、見たいとは思わんよ。いっぺんに二千人の命を奪った焼却炉がある場所なんか。有刺鉄線に囲まれた錆びれた収容所からは死者の泣き声が聞こえてきそうだ。君は靖国神社の遊就館を見たことがあるか」
「あります。隅々まで。娘も連れて行きました」
「ならいい。失礼な物言いをしてすまなかった」
初老の日本人は、友哉に少しだけ頭を下げて、スープを口にした。
――奥原さん、この人たちがテロに殺されるのか。
友哉は神妙な面持ちで、左手人差し指のリングを使い、ゆう子に話し掛けた。
「分かりません。ワルシャワの中心部のレストランとしかAZに出ていません。そのレストランには悪い人はいないから、一応、近くの他のレストランも見てみます。ただ、さっきも言ったけど無理に戦う必要はないんです」
「俺にもテロリストと戦う理由が分からない。殺されるかも知れないし」
「友哉さんがまるでポンコツだったら、転送で逃がすから大丈夫」
「ポンコツ?」
「一介の小説家がテロリスト相手に余裕綽々だから、手も足も出なかったら、この部屋に戻して笑ってあげます」
「君、トキと性格が似てるぞ」
友哉はトキから、腑抜けとか言われたのだ。
「AZちゃんが、テロリストにあなたが負けるはすがないって言ってるし、わたしは呆気にとられてます」
「君がここに俺を連れてきたんだよ」
「テロリストとやる気になるとは思わなかった。ホテルでまったりしてから、観光しようと思ってた」
ため息をついた。
「テロが起こる街で観光?」
「あ……」
今度は友哉がため息をつく。
「時間はどうだ?」
「テロが起こる時間を正確に予測はできません。もし、そのレストランなら友哉さんの指輪…リングがじきに反応します」
「反応?」
「赤く光ります。だから、わたしが違うレストランを探してる今は、リングの警告を頼って下さい」
――場所と日にちだけしか分からず、相手もどこにいるか分からず、か。
「奥原さん、他のレストランはいいから、このレストランの周辺を監視してほしい」
「分かりました。他のレストランで日本人が殺されてもいいんですね」
「仕事じゃないから」
「わたしもそう思います。友哉さんの方が大事だし。だけど、助けたいですよ」
「爆破じゃなくて、自動小銃も持ってなければ、なんとかする」
「その自信が不思議」
「ガーナラとか言う治療薬で筋力が増強されてる。新宿で半グレの若いのを三人、病院に案内した。それに……」
「それに?」
「いや、ちょっとケンカが強いおじさんは頑張るよ」
「なんか隠してるでしょー」
ゆう子のタメ口がかわいくて、
「奥原さん、敬語はもういいから、リラックスしていこう」
「リラックスとか口にするあなたが奇妙なの!」
友哉はリングから目を逸らして窓の外を見た。
――涼子や晴香を奇妙な連中から守るために、ずっと戦ってきた。あいつらは何者だったんだ。
「今日は動悸とかしなくて、薬も飲んでない」
ゆう子が唐突に言う。友哉は初老の男とのアウシュビッツの話で戦争の歴史を思い出し、気分は悪かった。初老と友哉のその会話は、ゆう子はリングの通信で聞いてなかったようだ。
「パニック障害は大丈夫なのか?」
「わあ、心配してくれるんだ。うん。女優を休んでいいと思ったら、すごく楽になった」
昨夜、友哉が昨夜、その治療をしたことには気づいていないようだった。
――よかった。このリング、便利で良いな。
「俺がテロリストに殺られるかも知れないんだから、そっちではドキドキしてくれよ」
「だから、してるよ。してないのはそっち」
「そうそう。その調子で」
――しかし、なぜ、正確な日時や場所が不明なのだろうか。未来から見て、それくらい分かるはずなのに、と、ふと思った。
「幕末に大政奉還があった日も時間も歴史上、分かっている。テロがあった日時くらい、未来から調べられないのかな」
「エジプト文明に何があったのか、その日時が分かる?」
「……」
「歴史上は分かりませんよね」
「歴史上の話と言うよりも、タイムマシンのようなもので分かりそうなんだが」
「そういうので毎日、過去と未来を行き来する事はできないって、トキさんが言ってたと思う。未来のどこかから俯瞰するように長いスパンを見ていることもできないと思う」
「じゃあ、なんで今日、ポーランドでテロが起こることが、そのタブレットでは分かるんだ」
「……」
「言えない?」
「いいえ。……これは、わたしの記憶だからです」
――どういう意味だろうか。
「記憶?」
「後で説明します」
ゆう子はそう言って、話を止めた。
――記憶? 記憶は過去のこと。テロが起きるのはこの先だぞ。どういうことだ。ん?
友哉のリングが点滅を始めた。色は赤。
「リングが反応したよ」
けっこう眩しい光だが、周囲の人には見えないようだ。
「赤く光ったら、一時間以内に、友哉さんか友哉さんの近くにいる人に危険が訪れる警告です。ちょっと離れてるけど、わたしかも知れません。助けにきてね。かわいいスリップ姿で通信中です。下着は水色。友哉さんは薄い色のショーツが好きなのを知ってるんだ。またはスポーティーな健康的なショーツね。それに友哉さんも素敵。ワルシャワのレストランで佇む日本の小説家。ポーランド人は芸術家を尊重するから、席を譲ってくれますよ。その赤いアウターに黒ジーンズ。ファッションが苦手な男の人の究極の組み合わせ。でも髪の毛がだめ。今度、わたしがメッシュを入れてあげるから、それに合わせて、秋になったらルイヴィトンの冬物のレザーを買ってくれないかな。ルイヴィトンのロゴが金色のやつ。高いけど仕方ない。メッシュと合わせるの」
――ず、ずっと喋り続けている。
半ば呆然としていた。友哉にしてみれば、初めて出会うタイプの女だった。
「佇んでないよ。座っているから、席は譲られない」
「え?なんか日本語、間違えた? やだな、作家さんは細かくて…」
友哉は大きなため息を吐いたが、それが聞こえたようで、
「ため息がうるさい」
とゆう子が言った。
窓から通りを見ると、古いBMWが一台停まっていた。駐車違反なのか警察官が近寄ってくる。
「近くに警察官が一人、BMWに近寄っていくがどうだ?」
「歩いている人は警察官ですか。その歩いている人はダークレベル1です。車の中の人間は二人…」
ゆう子が絶句したのが分かった。
「レベル5! 車の中の二人がテロリストだ!」
間に合わなかった。警察官は車の中からの銃弾に倒れた。見た目に分かるほどの即死だった。
しかも車から出てきた二人の男の一人は自動小銃を手にしていた。
腰には45口径のオートマチック。
――どこであんなのを手に入れるんだ、ロシアか?
友哉が唇を噛んだ。予め腰のベルトに差し込んであったワルサーPPKに手を添えた。男の一人が街にいる人たちに向かい、自動小銃を向けた。
連続して発射される弾丸。
――フルオートのM16?
「奥原!」
「はい!」
「街の人たちは間に合わない。最新型の自動小銃だ。拳銃は二人ともM1911。装弾数は七発。先に車から出た男が一発使った。その背が高い金髪の男があと何発撃つか数えてくれ。俺は自動小銃を持ってる黒髪の男の相手をする」
「え?え?え……」
レストランの中にいる客たちが悲鳴を上げた。
「休暇で日本からきた日本の警察官だ!店の扉から離れて奥に逃げろ!」
友哉が叫ぶと、レストランの日本人たちは一斉に店の奥や厨房に逃げて、ポーランド人やドイツ人の客も同じように逃げた。
友哉がワルサーPPKを手にし、店の扉に銃口を向けた。

……続く。

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。