ファンダメンタル分析と将来業績:設備投資と将来業績

前回に引き続き『会計情報のファンダメンタル分析』(桜井先生・音川先生編著)の中からファンダメンタル分析と将来業績に与える影響を検討していきます。

今回は第3章の「設備投資と将来業績」です。

設備投資の会計処理が丁寧に整理されている!

この書籍で個人的に好きなのが34~35ページの内容です。設備投資の会計処理が整理されています。以下に要約します。

・設備投資時点ではキャッシュアウトフローが生じるにもかかわらず期間損益計算上は資本的支出を費用として認識せずに繰延処理が行われる

・すなわち、設備投資をした時点では正の会計発生高(accounting accruals)が計上される

・貸借対照表に計上される有形固定資産(ただし土地などを除く)は原価配分の手続きを通じて、その取得原価を耐用年数に渡り規則的に配分し、製造原価または損益計算書の販管費の区分に減価償却費として費用計上する

・収益性の低下を示す事実があれば、(一定の条件のもとで)帳簿価額を回収可能価額まで引き下げる減損処理が行われ、帳簿価額と回収可能価額の差額は減損損失として損益計算書の特別損失に計上される

・減価償却費や減損損失はキャッシュアウトフローを伴わない費用項目であるため負の会計発生高が計上されることになる

【整理】

・企業が大規模な設備投資を実施した場合、その期間の業績を直ちに圧迫することはありません

・しかし、将来期間において設備の使用に伴って計上される減価償却費を上回る収益を獲得できなければ利益額の減少を招く

先行研究レビュー

正味現在価値法と呼ばれる投資意思決定方法があります。

正味現在価値とは投資計画を実行することで将来得られるキャッシュの割引現在価値です。

例えば・・・投資計画の実行により今後5年で2000万円のキャッシュが得られるとすると・・・(資本コスト(利子率)10%で一定とします)

1年後:2000万円÷1.1≒1818万円

2年後:2000万円÷1.1÷1.1≒1652万円

3年後:2000万円÷1.1÷1.1÷1.1≒1502万円

4年後:2000万円÷1.1÷1.1÷1.1÷1.1≒1366万円

5年後:2000万円÷1.1÷1.1÷1.1÷1.1÷1.1=1241万円

以上からこの投資計画の割引現在価値は・・・

1818万円+1652万円+1502万円+1366万円+1241万円=7579万円

この割引現在価値と投資額の差が正味現在価値です。仮に投資額が6000万円であったとすると・・・

正味現在価値=7579万円ー6000万円=1579万円となります

正味現在価値法は正味現在価値が正(すなわち投資から得られるキャッシュの割引現在価値が投資額を上回る)のときに投資計画を実行すべきであることを示す投資意思決定方法です。

正味現在価値が負のときは投資計画を実行してはいけません(過剰投資)。逆に正味現在価値が正であれば投資計画を実行すべきなのです。にもかかわらずリスクテイクを拒否して当該投資計画を実行しないことも考えられます。これは過小投資と呼ばれます。

仮に経営者が合理的であれば(正味現在価値法に基づいて適切に投資意思決定をしていれば)投資後の将来業績は向上すると考えられます。

McConnell and Muscarella(1985)やBlose and Shieh(1997)は設備投資計画の発表に対して株式市場が好意的に評価することを示しています。

Kerstein and Kim(1995)は資本的支出を増加させた企業ほど株価が有意に上昇することを明らかにしています。

対照的にTitman et al.(2004)は設備投資の水準を過年度に比べて大幅に向上させた企業ほど将来5期間の株価パフォーマンスが有意に低いことを示しています。解釈としては当該投資が過剰投資であることが考えられます。

なぜ経営者が過剰投資をするか?エージェンシー理論で考えるのが1つの方法です。

エージェンシー理論はエージェントである経営者がプリンシパルである株主の利益を必ずしも最大化せず、むしろ自身の私的便益を向上させる行動を選好する可能性があることを教えています(Jensen and Meckling, 1976)。

企業規模の拡大を通じて自身の名声を向上させる。自身の報酬を増やす。このように過剰投資が経営者の私的便益の追求行動として結びつくのです。これは経営者の帝国建設(empire building)と呼ばれます(例えばJensen, 1986)。

以上のように設備投資が将来業績に与える影響については先行研究の証拠が混在しています。私は過去にこれらの点についてメタアナリシスの手法を用いてシステマティックレビューを行いました。

よければご笑覧ください。

日本企業の大規模な設備投資は将来業績を悪化させる?

本書は2000~2007年度の日本上場企業15736企業・年をサンプルとして以下の発見事項を示しています。

・前年度と比べて設備投資を大幅に増やした企業群の将来業績は、それを大幅に減らした企業群よりも有意に低くなる

設備投資は企業成長のためには必須ですが、日本企業の多くが正味現在価値法に基づかない不適切な投資を実施している可能性があります。

またそもそも日本企業において投資意思決定の際に正味現在価値法があまり利用されていないという実態があるかもしれません。その多くが回収期間法の利用と伺ったことがあります。

最近個人的に行っている研究でも、相対的に大規模な投資水準向上は将来業績を悪化させることが明らかに・・・

成長のはずが衰退・・・

本書の実証結果のインパクトは非常に大きいです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?