ファンダメンタル分析:棚卸資産と将来業績

前回のnoteで将来業績に影響を及ぼすファンダメンタルズシグナルについて先行研究レビューを基に考察しました。

今回からは数回にわたり以下の書籍から1章ずつ将来業績に影響を及ぼすファンダメンタルシグナルズを整理したいと思います。

この書籍の特徴は財務諸表から取得可能な様々な情報が将来業績に影響を及ぼすかを実証的に検証していることです。

また日本企業を対象にしており得られる結果は証券投資に有用であると考えます。

今回は上記の書籍の2章「棚卸資産と将来業績の関連性」をレビューしていきます。

海外の先行研究でも棚卸資産はファンダメンタル分析で注目されてきた!

原材料、仕掛品、製品・商品、貯蔵品などは棚卸資産と呼ばれます。

この棚卸資産は前回レビューしたAbarbanell and Bushee (1997)をはじめ多くの研究でファンダメンタル分析の重要変数とされてきました(例えばLev and Thiagarajan, 1993)。

これらの一連の研究は棚卸資産が将来業績にネガティブな影響を及ぼすことを示しています。そのロジックは棚卸資産の増加が生産管理の失敗や棚卸資産の陳腐化を示唆するからです。本書も「ファンダメンタル分析において、棚卸資産に関連した変数が用いられることは一般的であるが、その背景にはこのようなロジックが存在するのである」(p. 19)と指摘しています。

一方、棚卸資産を多く保有することは売上高の変動が激しい場合に生産コストを一定にすることや欠品防止につながります。これが将来業績にポジティブな影響を及ぼすことが期待されます。

先行研究ではいずれの結果が支持されているのでしょうか。

Abarbanell and Bushee(1997)やSun(2010)は棚卸資産の変化が将来業績に負の影響を及ぼすことを示しています。先行研究からは棚卸資産の増加は将来利益の悪化を導く要因となることを示唆する証拠が報告されています。

ただし、注意したいのは株式市場の参加者(投資家や証券アナリストなど)が棚卸資産の情報を適切に読み取って投資意思決定しているわけではない点です。

棚卸資産が将来利益を悪化させることを市場参加者が適切に把握できておれば棚卸資産に関する情報が開示された瞬間に株価に反映されるはずです。しかしながら、先行研究では棚卸資産の情報が将来リターンの予測に役立つことが示されています(例えばLev and Thiagarajan, 1993; Abarbanell and Bushee, 1997)。棚卸資産に関する情報は開示時点の株価には完全には反映されていないのです。本書は「ここに、開示された情報に基づく投資戦略によって市場を上回るリターンを獲得できる余地がある」(p. 19)と主張しています。

分析結果

本書の分析結果を要約します(p. 28)

①棚卸資産変化と将来業績変化には有意に負の関連性がある

②このような負の関連性は製造業において特に顕著である

③棚卸資産変化と将来業績変化はマクロ的な要因等の影響がほとんどない

日本企業を対象にした場合でも海外の先行研究と同様に棚卸資産の増加が将来利益の悪化を導くという証拠が得られることは興味深いです。と同時に個人的には驚きです。というのも日本企業の在庫管理は優れていると(勝手に)思っていたからです。

トヨタ生産方式として広く知られるジャストインタイムは在庫を最小に抑えようとする取り組みであり将来利益の向上をもたらすのでは?と思っておりました(※)。それにも関わらず日本企業を対象にした分析でも同様の傾向が見られるのは・・・日本の在庫管理もまだまだ改善の余地があるということでしょうか。

※本書の注釈にはジャストインタイム方式が将来業績の改善につながることを示す先行研究が紹介されていました(Kinney and Wempe, 2002; Fullerton et al., 2003)(p. 16)

改めて問われる在庫管理

本書の最後には東日本大震災などの自然災害は徹底した在庫管理が必ずしもベストではないことを日本企業に教えたという興味深い指摘がなされています。最近ではCovid-19で同様の議論ができそうです。

今後も在庫管理に注目していきたいです。

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