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ヒデノート

「正直、毎日センターへ来たいって思っています」
チラシを封筒に入れている自分の横で、高校生のサヤが新聞記者からインタビューを受けている。サヤはファーストフードでバイトもしているって言っていたし、この前も小学生の子どもたちを連れて行くお泊まりイベントでもボランティアで活躍してたって話していた。自分も十代の時にはセンターのことについて、センターに来たお客さんからインタビュー受けるのを手伝っていて、そういえば同じようなことを答えていたな。

こどもソーシャルワークセンターは毎年、二月ごろになると「活動報告会」というイベントをする。中学生の時からセンターに通っている自分にとって「また今年もやるんかい」と思って準備を眺めている・・・ということはなく、人使いがあらいセンターの職員から「手伝って」と言われて、まあ今日もチラシ発送の仕事をしている。特に自分は、仕事も学校も行っているわけでないから、毎日のようにセンターに呼び出されて手伝いをさせられる。でも去年から、こうやって手伝いに来たらアルバイト代が支払われるようになったから、やりがいもあるんやけどな。さっきサヤが「毎日センターに来たい」って言っていたけど、こうやってセンターに毎日来られるようになれるのは、結局他に行くところがないってことやで。
 
「今年の報告会はパネル展示会やるし」
センターの代表が、またわけがわからんことを言い出した。「参加者にカレーを振る舞うからカレー係よろしく」「オープニングムービー作って」「朗読劇やるで」こんな調子で、活動報告会は毎年なんか新しいことをはじめる。今回のパネル展示会は、自分やサヤたち高校生などセンターに来ている若者のことを知ってもらうのが目的らしい。なんか展示のネタがないかって言われたので、ちょうどセンターに通いはじめた中学生の時に書いていた落書き帳を持ってきた。この落書き帳は、当時、はやっていた漫画をまねして「ヒデノート」って呼んでいたのを思い出した。

「めっちゃヒデノート使えるやん!」
落書き帳をめくりながらセンターの代表のテンションがあがった。落書き帳には当時、家でしんどかったことや学校に全く行けてなくて先の見えない将来のことが書き殴られていただけなんやけど。「そのまま展示しておきたいけど、さすがにプライバシー的には無理やな」「こんなノート誰も読まないっすよ。字汚いし」「このヒデノートは宝のノートなんやで、えらい大人たちが虐待や貧困とかヤングケアラーとか、あと不登校やいじめで子どもたちのしんどさについて難しい言葉で説明しているけど、このヒデノート読めば一言でわかるんやから」

なんかうまいことのせられた気がしたけど、今回の展示会でヒデノートの言葉を使うことについて了解した。これから活動報告会当日まで、準備が大変や。でも今まで一度も参加したことないけど、中学校や高校の学園祭の準備がこんな感じなのかなと思っている。サヤが「展示会のうちあげ、みんなでカラオケ行こう」って言っているのも実は楽しみ。コロナになってからカラオケ行ってないけど、マスクって外して歌ってええんかな。

【解説】

この物語は2022年6月より、京都新聞(滋賀版)にて月一の連載としてはじまった「こどもたちの風景 湖国の居場所から」の前半部分の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。

さて早いもので今年度もあと少し。本文でも書かれていますが、この時期にこどもソーシャルワークセンターでは、活動報告会を行います。あわせて基調講演を行ったり、映画を上映したり、ボランティアたちが活動をベースに作った話で朗読劇をやったりと、活動と共に子どもたちや若者たちが抱える社会課題を知ってもらうことも目的に行っています。

今回は展示会形式ということで、ステージから一方的に伝える報告と違って参加者が自分のペースで活動を知ってもらったり、若者やスタッフと直接やりとりが出来るのがいいかなと思って期待しています。

しんどさを抱える子どもたちの中には、日記や落書きなどで自分の気持ちを吐き出している子はよくいます。家族や学校の友だちに話を聞いてもらえる子どもたちと違って、紙やスマホの中にしか自分の気持ちを伝えられないのかもしれません。今回の展示会では、たまたまヒデノートのようなノートの切れ端を持ってきた若者の作品も掲示しています。そのノートの中に「デスノート(昔はやった漫画で、ノートに名前を書いた人が死ぬ)があったら自分の名前を書く」という言葉があって、今回の物語のタイトルのモチーフにしました。中学時代から死にたいと願い続けているこの若者が、何とか五年間生き続けてセンターに来てくれていることが、この活動の一番根っこにある大事なことなのだとヒデノートは気づかせてくれました。

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