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「オッサンの放物線」 #14新しい旅へ

~連続しょうもな小説~
「オッサンの放物線」 第十四話 新しい旅へ

〜この物語はフィクションであり、着地点は無い〜

2023年2月26日

最近、休みの日の午後などボーっとしていることが多い。
石油ファンヒーターの真横、食卓に座ってプーアル茶を飲んでいる。
「クッソ!止まらんやんけ。」
COOPの芋けんぴ、一袋空けてしまった。
首のヘルニア、コロナ感染でダラダラするのが完全に板についてしまったのだ。

あかん。そろそろ、ちょっとだけでも走ろう。
ようやく重い腰を上げて、靴を履く。
実は朝から走るつもりだった。
昨日「幕末太陽傳」見ながらビール飲み過ぎた。
「走ろう。」と思い立ってから、8時間経っている。
今日は20kmは走るつもりだったが、この時間からだと10kmが限界だ。
まんまと自分のサボりたい心の思惑に乗っかっている。

それでも走り出すと、気持ちは前向きになってくる。
今月はじめもそうだった。
首に針を打ってもらい、調子良くなって走っている時。
急に思い立って、とある武道場へ体験の申し込みメールを入れたのだ。
思いついたら後先考えずに行動するのは、私の良い所でもあれば悪い所でもある。
いや、悪い所だ。

結局、2回稽古に参加して辞めてしまった。
その武道は私が学生の頃習っていたもので、他の習い事は段位を取得したのだが、それだけは段位を取らずに辞めていたのだ。
それがずっと引っかかっていて、この歳になってもう一度門を叩いた。
思っていたより動けた。
嘘ついてもしょうがないので、昔少しだけ経験があることを先生には伝えていた。
でも、有段者と組むと私が経験者であることはすぐに知られた。
そうなると、少しでも良く見られたくなる。
そういう気持ちとの戦いでもあった。
一からちゃんと習おう。
そう思っていたのは本当だ。

二回目の稽古。
その日、先生は不在だった。
しかし前回同様、有段者の方々が親切に教えてくれていた。
でも、その中の一人。
やたらと私の顔に当身を入れてくる。
「ああ。すいません。大丈夫ですかあ?」
ヘラヘラしている。
「あ。大丈夫です…。」
大した打撃ではないが、口の中を少し切った。

それから一週間。
その人の事ばかり考えていた。
事もあろうに、「仕返し」を考えていたのだ。
稽古の前日、ジョギング中に思った。
「辞めよう。やっぱり武道には向いてないんや…。」
この歳になって、それしきの事で熱くなっている様では続かないだろう。
あの「当身」は、私を武道の世界からふるい落としてくれたのだ。

ちょうど、仕事の事で少し考えていることがあった。
業務のあれやこれやが、同僚や後輩の手によってどんどんパソコン化されている。
彼らが休みの日などにマクロが不具合で動かなくなると、対処出来ないのだ。
そこで、意を決してパソコン教室に通う事にした。
VBAを習おう。
商工会議所が主宰している格安のパソコン教室の体験講義に申し込んだ。

それが先週までの話。
そして今日、プーアル茶飲んだ後にジョギングをしている。
パソコン教室もええんやけど。
やっぱり何か身体を動かす事で、もう一つ何かないかなー。
「今、走ってるんやから、それで良いやんけ。」
どこからともなく、そんな声も聞こえて来そうだが。
何かスッキリしたいのだ。
新しい事がしたい。
旅に出るように。

人と争うでもなく。
身体を動かして。
姿勢を正して。
心の中も何か穏やかになるような、何か…。
ないかなー。

「それをヨガって言うんじゃないの?」

いつの間にかルカが並走していた。
並走と言っても、ルカの脚の動作は「歩いている」それだ。
脚はゆっくり歩いているのに、走る私と同じスピードでついて来ている。
ルカと初めて会った時もそうだった。
「あの。それどうやって移動してるんですか?」
「人間のあなたに説明しても、多分解らないわ。」
「这样啊」(そうなんだ。)
「筋肉と違うところに力を込めるのよ。」
なんじゃそれ。
「你看」(ほらね。)

そうか。
ヨガかー。
家に帰ってヨガ教室のページを検索してみる。
結構高いなー。
すでにパソコン教室も申し込んでいるので、月謝一万円クラスの習い事は厳しすぎる。
でも。見つけるのだ。私は。
こういうの、ちゃんと見つける。
しかも町内だ。
ワンコインヨガ。
一回500円。
スゲー。
しかし残念な事に、その教室は町内から少しだけ離れた所に移転して料金も1000円に上がっていた。
まあ、それでも週一回で月に4000千円。
行けないレベルではない。
走って行ける場所なので、もう一度走って見に行ってみよう。

家から2km。
某ディスカウントショップの地下。
のぼりが立っていた。
「ヨガ一回1100円。通い放題月6600円」
ん?100円上がってないか?
はあ。最近は何でも。
値上げ。値上げ。値上げ。
まあ。
しゃあないか~。

笛の音が聞こえる…。
ピ~ロピ~ロ、ピ~ロピロ。
ピ~ロピ~ロ、ピ~ロピロ。
「あ商売繁昌で笹持って来い。」
「あ商売繁昌で笹持って来い。」
打出の小槌振りながら、えべっさんが私の周りを回っている。

チャリ~ン!!

私の手に、五十円玉が落ちてきた。
「100円ちゃうんか~い!!」


つづく。