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オンラインでいかに「ムダ」をつくるか

誰もがとっくの昔から気付いていたと思うけれど、オンラインでのやりとりは本当に効率的だ。まさに「ムダ」がない。

学校では、動画やら添削やら、あの手この手で子どもたちに勉強させている。でも、これでうまく回り始めてしまったら…学校の先生は相当焦ると思う、「あれ、授業いらねーの?」って。

(日々試行錯誤しておられる先生もいれば、???な先生もいる。???先生はもしかしたら、自分の存在価値がなくなりかねない現実を直視したくないのかもしれない。)

僕らはそもそも自学ベースで授業という授業はほとんどないけど、それでも、「いや、これいらなくね?」ってのが結構あって。

でも、そういった仕組みをなくす一方で、「いやいや、これないとヤバくね?」ってのも結構あって。だから、オンラインに移行すると消えてしまう「ムダ」をわざわざつくる必要があった。それを皆さんに紹介しようと思う。

職員室+自習室+雑談室+経由地="???”

ノート (18)

きたねー図で表すと、僕らはこの、なんとも形容しがたい部屋“???”をつくった。ちなみにネクタイ(!!!!????)をしているのが先生だ(が、開校3年目に突入している今現在まで、仕事でネクタイをしめたことが1度もない。あしからず)。

子どもたちは各々のパソコンから“???”をめざす。そこには僕たちがいて、入ってくるとまず僕たちにからまれる。そして子どもたちは“???”に留まるか、各々が行きたい場所へと移動していく。ただそれだけ。

職員室+自習室+雑談室

そのまま“???”にのこって勉強する子は、オーディオをオフにして黙々と勉強するか、僕たちの会話(仕事の話:むだ話=1:9)をBGMに勉強するか、僕たちの会話に参加していっしょに盛り上がる。質問があればそのときどきで声をかける。

このうるせーガヤガヤ空間は僕たちにとっても子どもたちにとっても非常にいい効果をもたらす。

ソニックガーデンの倉貫さんもその著書で雑談の重要性について語っておられるが、ムダな会話をしているときに新しいアイデアがうまれることも多いし、何よりオンラインで一人ぼっちで仕事するのはさみしいし、「ここに行けば仲間がいる」っていう場所があるのはありがたい。

子どもたちは子どもたちで、「みんなと勉強してる感」が出るし、休憩したいときは先生たちのバカ話に入ってきてもいいし、そのゆるさがあるから質問もしやすい

22時前に、”???”にのこった受験生たちで「振り返り」を始めるのだけど、みんなで分析しあうのも楽しそうだ。まぁたいてい話は脱線してるけど。

とにかく、みんなにとって”???”はつながれる場所なのだ。

”???”を経由して部活に行きましょう

「〇〇先生の部屋」では、ゼミをやったり、個別のチュートリアルをしたり、人生相談をしたり、同じ学年で集まってダラダラ勉強したり…と”???”ではちょっと難しいことをやっている。

「部活」は5/17現在、ダンス部、帰宅部、ゲーム部、写真部、エクササイズ部が活動をおこなっている。くわしい部活動の紹介はまたの機会にゆずるが、ダンス部では今春から大学生になる卒業生がサポートしてくれたり、エクササイズ部は親御さんも参加できたり、なかなか面白い。

「子どもたちだけの部屋」もある。教え合いっこしたり、勉強会を開催したり、子どもたちの自発的な活動を促している。オンラインになってから、生徒会(名前が好きじゃないので変更する予定)も始まった

これらいろいろな(よく分からん)集まりのほぼすべては、”???”を経由しなければならない。それはまるで、家を建てるとき、リビングを経由しないと子ども部屋に行けないようにするような、そんな構造だ。

「どうよ元気?」「あれ髪きった?」「疲れてんねー」「ええことあったん?」…担当だけがその子どもと向き合うのではなく、僕たちみんなが浅く深く、それぞれのスタンスで子どもたちを向きあう

これって本当に大事なんじゃないかと。

オンラインは
「つながりを求めなければつながれない」

オンラインは、僕たちをいつでもどこでもつなげてくれる。でも、これが非常に大事なんだが、「つながろうとしなければつながれない」のだ。

テクノロジーがめちゃくちゃに進歩して。物理的にいくらつながりやすくなっても、そこに能動的な姿勢がともなわないと永遠につながれない

だからこそ、僕たちは意図的に「ムダ」を作る。

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