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詩稿

私らは、きっと夢降る街にいきていた。

それは愛を探すように細やかな試みで、心のそこを悪戯に微笑ませながら手を引かれるままに雨を走った。色が付かないよう、私らは裾をプリセンスみたいに手で持って。ばしゃばしゃ言って駆け抜ける。

人は瞳に一人を映し、それを私は愛と呼ぶ。あなたの瞳に映る景色はきっと、きっと何よりも綺麗なんでしょう。私らは手を引いて歩いた。

私らなら、きっと夢降る街に音を残し、色を付け、光を絞り、痛みを知るように愛を味わえた。そのはずだった。私はあなたを愛していた。顔が、覚束なくなった。

あなたは私の手を引いた。私は心だけを頼りに手を伸ばした。暗闇に伸ばした指先が心に遅れて何かに触れる。匂いは決して、掴めない。

あなたはコーヒーも煙も、嫌うように避けるから、あなたを知る香りが街には見つからなくて。夢降る街に会いに行く。けれど気づきます。声が。

あなたの凛として優しい、私の愛したそれが再生されない。それは曇って響きだけを残していく。耳に触れず脳に弾くようなそれに、私は吐き気すら覚える。

あなたは私を待っていない。私はあなたを見つけられない。そこにいると、確かに知りながら、私はそれを選べない。私は眠るように、夢降る街へと向かう。

世界が、覚束ない。

今日、マグカップが床に割れた。私は遅れてそれに気が付く。私は、私の手がそれを支えられないことを発見する。あなたに笑われてしまう。あなた。

世界が、掴めない。

思い出のなかに泳ぐように私はあなただけを追っていた。家を飛び出し、夢降る街を目指していた。

あなた、あなた、と。

腕を伸ばした途端に重みを感じ、私は自分が横になっているのを見つける。ああそうか。いや。そうか。

私は、夢降る街にきていた。

自分の中に世界はいない。世界の中に自分はいない。私たちは、互いに互いを犯し合って、夢の中でだけそれを俯瞰する。私たちは手を引いて、夢降る街を訪れる。

考えて、考えて、考えて、そのうち考えなくても分かるようになって。そうしてやっと自分を見つける。本当の自分は幻想で、作った自分が幻想に重なって赤シートみたいに世界を映す。

移った先で見落とした黒猫の足跡を転んだ先にふと見つけ、溶かしたチョコで冬を保全する。あなたは私を愛していない。

カップの先の雫が濡らす。私がそう思う。そう見える。世界は本当を教えてくれない。私は本当をまだ知らない。

混ぜて交ぜて雑ぜて出来上がった芸術が、思想となって世界を切り取る。言葉がそこに介在する。考え方すら他人と違って、話し方すら練習ありき。私らは世界にいきている。

夢降る街であなたを探す。

あなたは大きく背をもたげ、溶けて白百合を咲かせる。夢と見紛う。あ。やっと。

夢降る街にきていた。


序章の始まるサイレンは高く街に響き、世界がゆっくり回りだす。輪廻もペンネも空洞の、覗けばそこに揺らぎが見える。世界はきっと本当に、幸に満ちた場所でしょう。

理論が理性に掛け算されて、大きなお皿でおててをつくる。溢れた景色は他から借りて、近代文化の限界をなぞる。揺れた街がしゃんと鳴る。崩れはせずにしゃんと鳴る。

生きていくことすら覚束ない。私は確かにここにいる。

目に見える全てがそこになくて、世界は遅れて私を通る。詩が今日描くならあなたは私を透過する。与えられたのか勝ち取ったのか、過去に触れるのも遅れて錆びる。感じた高揚の裏側には誰かの悦びが貼り付いていて、私はそれを掌にする。


夢降る街の向こうには、また別の街が見える。それが野火のように揺らいで、幻燈のように灯って、蜃気楼のように確かにあって、世界が私と共有している。

さあ、手を引いて。私をそこへと連れ出して。

愛したあなた、見知らぬ私を連れ出して。


夢降る街にきていた。ふと目を覚ます。あなたは何処かを旅している。握られた夢があなたを指し示す。ああ、やっと。夢降る街に別れを告げて、私は本当を見つけるでしょう。

そんな物。

不意に風に唆されて、続きを見ようと画面に触る。遅れた理性が情動を沸騰させる。夢の間際にあなたが見えた。

夢が弾ける。

弾けた夢にざらつきを見つけてラップの芯であなたを叩く。二人で愛を愛にしよう。あなたの向こうに誰かを見てる。砕けたチョコが口に痛い。

夢降る街でプロムナードの振りをする。

タクトを翳して一人で歌う。私が私に遅れて歌う。そのことでさえも遅れて気づく。終に恐ろしくなって傘を閉じる。

夢降る街に雨が降る。きりたちのぼる。冬はまだ遠い。

一斉に一生に一度のお願いを、夢降る街で唱えれば、きっと全てがあなたに降りかかる。私はあなたを愛していた。

あなたあなた、と誰かを括る。私を越えないよう、世界を捉える。私すら私に納める。棺が一つ山に呑まれる。

飢餓の星で夢を見る。

夢降る街で夢を見る。生活が日々を囲いだす。想像の世界が現実を覆いだす。大きいほうが凡てだとでも言うかのように。愛が凡てを消し去るように。

夢の外で、あなたを見つめる。あなたは私は世界を始める。無限の事実がそこにはあって、ただ私には有限だけが手に入る。みんなが少しの有限を、切り取り重ね、余剰を捨象し、無限を忘れ世界をいきる。

私は何処へでも行けた。どの夢にも立ち入る人となりえたのだろう。反実仮想の空想は事実の手前の現実で、平面に満足する世界の中では届かぬ願いの振り分けの中。世界はただ一つではないはずだった。

文化の横に立ち、文化を語る。私らは文化を少しも知らない。どうしてそれが変なのか、少しも分かることはない。そうかどうかも判らない。

夢降る街を現実として、哀を言葉に世界を編んだ。それの少しが、しのせかい。

しのなかで私は夢降る街を探していた。いやそうか。ああ。いや。そうか。

否定の末に肯定があり、言葉の端に有限がある。それなら私は夢降る街を突き抜けよう。有限を下に細い糸は上りゆき、やがて全てを受け入れて。

夢降る街をいきていた。全てが見えるこの街で、本当の愛を探してた。

あなた、どうして遠くへいってしまうのだろう。まだ冗談すら伝えていないのに、笑顔さえも覚えてないのに。

夢降る街に夢が降る。降る夢ばかりが白く見え、美しく煌めいて私なんかは思わず見惚れる。往来に独りで空を眺め、そこに世界が浮かぶかのよう。

アイスクリームに非情な恋も、チョップスティックな感動も、夢で終わればいつかは忘れ、醒めれば無かったこととなる。

それならいっそ高く飛び、街に降りゆく夢となろう。夢を私に内接させて、ふった手が放物線の端から端へ。世界はきっと逆さまでも息ができる。

狂った子牛がそこにいる。

夢降る街に降っていた。

つまり全部が不適な解で、泣きつく先を欲しがった。朝食はカレーにしよう。愛が溢れる朝にしよう。念ってシーツを整える。

窓ガラスを割ってみたいと随分前から感じている。夢降る街に窓ガラスはあるでしょうか。きっと無いのでしょうね。



2023.4.9 ~ 4.22
詩稿

どなたでも、差し上げます。
雪屋双喜

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