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雪輪リウム

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お話の収集、飼育、展示をする場所。
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#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

硫化アリルと思慕

 頬を伝ったしずくが生暖かいことで、私は泣いているのだと気がついた。どうしてだろう。そんなつもりはなかったんだけど、ゴーグルをしないでプールに顔をつけたときのように視界がぼんやりと滲んでいく。
 あ、ゴーグル。もう何年もしまいこんでいたゴーグルを引っ張り出す。これで視界はクリアになるはずだ。そう思っていたのに少しするとまたしてもぼやける目の前。諦めてゴーグルを外して手を進める。
 なにがいけなかっ

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掬われた足元

 いつからこうしているのだろうか。長い間そうしていたようにも思えるが、もしかしたらさほど時間が経っていないのかもしれない。手を伸ばしてもなお空いている距離をぼんやりと眺めた。

 初めて彼女を見かけたのは、西の空に半分沈んだ太陽が茜色に染めた駅前通りだった。桜がすっかり散って濃い緑を繁らせた樹の下のベンチで佇んでいる彼女を見て美しいと思った。誰かを待っているのか姿勢良く座り真正面を見つめるその瞳は

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