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【書評】『夜光虫』、馳星周が抉り出す堕落と奈落

一昨年、直木賞を受賞された、馳星周先生の初期の傑作は個人的にはこの『夜光虫』ということになる

すでに20回以上は読み返し、日本の自室には同名の書がハードカバーが数冊、文庫本も数冊づつある

この血塗られた暗黒の書の舞台は、台湾

かつての神宮球場でプロ野球の投手として、ひとつの頂点を極めた野球選手が主人公で、日本で見捨てられ、台湾プロ野球界で再びボールを握るが・・・

戦後から今日に至るまで、台湾プロ野球界は八百長という暗い側面を持ち、おのれの欲望に逆らえない主人公・加倉はどこまでもどこまでも堕ちていく

最初の躓きは、ある事件をきっかけに『八百長疑惑』の正面に立たされ、それを暴こうとする警察と、それを守ろうとする黒社会が彼の周りに集まりだし、身動きがとれない中で衝動的に最初の殺人を犯してしまう

殺したのは、彼の台湾での『弟』

深夜の川沿いで、落ちていた石で『弟』の頭蓋骨を何度も何度もたたき割り―

我に帰ったときには、もはや悪鬼の表情が顔に張りついてしまい、なぜ殺してしまったのかと自問自答しながらも

頭を抱え、嗚咽しながらも毎晩酒を飲み、娼婦を抱き、檳榔を嚙む・・・

しかし破滅はすぐに訪れるのではなく、ぐるぐるとまわりながら、まるで暗い螺旋階段をおりていくようにゆっくりと始まる

執拗な黒社会からの接触と脅し、警察署での事情聴取、日本のメディア、八百長仲間の同僚の視線、そして『弟』の美しい女房

惚れた女を汚れた手で抱き、金を数え、狂おしいほどの渇きと怒りに身を焦がし、震え、泣き―

夜光虫のように輝く夜の台北に、加倉の嘘と欺瞞と殺人が限界を超えたときに、破滅は速度を上げていき、落下するかのように堕ちていく

暗黒小説の金字塔



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