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Knocking on heaven's door

「オリンピックを見たいから退院するよ」
Oさんはそう言って病院を退院してきました。

まずは、帰宅する前にケアマネのわたしが自宅を訪問。
「ギャッジアップできるベッドをテレビの真正面におけば、ゆっくり見れるよね」
と奥様と福祉用具のお兄ちゃんと相談して、豪華な観戦シートのできあがりです。

Oさんは開会式の1日前に無事に帰宅しました。

「ごあいさつがわりに」と、新聞の折込に入っていた「オリンピックのスケジュール表」を渡すとにこやかに握手してくれます。
「このベッドの窓の外は隣の家だよ、幼なじみの家だ。声かけたら窓あけてくれるかな?」

スポーツマンで観戦も大好き、せっかくのオリンピックだから自宅で観たいとのこと。
さっぱりしててニコニコしてて「さわやかなスポーツマンそのもの」です。
お盆には単身赴任している息子も帰省する。
自分はあと半年の命だから、相続の話もそのときにしたいとのこと。

この潔さはなんだろう?これがスポーツマンというものか? それともこの人の天性なのだろうか?

わたしもオリンピックを見てみよう。
スポーツ観戦はあまり興味がないけれど、開会式を見て、それからいろんなスポーツを観戦してOさんといろいろ語ってみたい。
その時、わたしのオリンピックに対するスタンスが決まりました。

結果的にOさんはオリンピックを途中までしか見ることはできませんでした。
あれだけ元気だったのに。
Oさんは緩和ケアのすえ2週間でなくなりました。

後日奥様が言われました。
「本人はああ言ったけれど、わたしはどうしたらいいのか不安ばかりでした。でも、今考えてみたら、最後の2週間だけ一緒にいてあげられてよかった。病院だったら、最期まで会えなかっただろうしね」

なにもかもはじめてのこと。
死ぬことも。
死にゆく配偶者を見送ることも。
私自身もそれがどういうものなのか、いまだにわかりません。
不安ははかりしれないことでしょう。それでも「それでよかった」のひとことを自分の心の中から引き出してくださった奥様にも頭が下がりました。

大きな川にかかる大きな橋が大好きです。 
この橋をわたるたびに、わたしはなくなっていった人たちのことを少しだけ思い出します。
まんなかのあたりが高くなっていて、天まで登りそうな気持ちになってしまう。
まるで天国への扉みたいです。

Oさん。オリンピックの続きも閉会式も天国で観れました?
まだまだパラリンピックもありますよ。これも天国から見てくださいね。 
 

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