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「クララとおひさま」カズオ・イシグロ〜AIは人間の心の機微や祈りを共有してくれるのか?

「クララとおひさま」。カズオ・イシグロの新作です。
とてもリズムよく読みやすい和訳でした(土屋 政雄氏:訳)
「わたしを離さないで」に通じる不穏な世界観もあり、謎も多いけれど、とても素敵な物語でした。

(以下ネタバレです)

*     *     *

 クララは旧式のAIロボット。
お店のショーウインドウで約束をかわした女の子ジョジーは、母親にお願いしてクララを家に迎え入れます。

ジョジーの姉は病気でなくなっており、父親は別居中。そしてジョジー自身も「向上処置」を施された少女で、とても病弱。
そのような状況だから、母親は「ヒステリックなほど神経のはりつめた状態」です。
一方、ジョジーの幼なじみのリックはとても賢いけれど「向上措置」を受けていない少年。同じシングルマザーの子供ではあるものの、圧倒的な経済格差が見え隠れします。
二人は、ジョジーの描いた絵にリックが台詞をつける、ふたりだけの遊びが大好き。その遊びの中で、二人の魂のつながりは「ゆるぎないもの」に見えました。

謎の不穏な出来事がいくつも起こります。
ジョジーの肖像画を母親が描いてもらっていること。それもただの肖像画ではないこと。
ジョジーの体調がだんだん悪くなっていくこと。
リックの進学(向上措置を受けていないのでとても困難らしい)に対する母親の行動。

クララは心を痛めます。
心を痛めるという表現が適切なのかはわかりません。
クララは悪い排気ガスを出すクーティング・マシンを壊したいと思い、おひさまが特別な力をジョジーに与えてくれるはずだと信じています。

優秀なAIロボット(AF)であるクララは、生活の中からいろいろなものを学ぶ。
それは理屈に合った判断であり、(少し)根拠があるものであったり、迷信じみていたりもします。
未来のロボットの情報処理は完璧でクール、だと勝手な先入観を持っているわたしにクララは「AIロボットと共にすごす未来」を具体的に見せてくれます。

もちろん未来にも「どうにもならないこと」は起こります。
「どうにかしたい」という思いは、情報や人知を超えた「祈り」となります。

カズオ・イシグロの描くこの近未来が全てではないかもしれないけれど。
心の中にある不穏や悲しみやどうにもならないことを、AI ロボットと分かち合い、ともに祈る未来があるのかもしれない、そんな未来が来たらいいな、と思える作品でした。


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