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今さらなんてもったいない。2019年こそブレードランナー。

2019年11月、どす黒いガスに覆われ太陽の光が届かなくなったロサンゼルス。大型スクリーンで芸者が妖しげに微笑む「強力わかもと」やお馴染のロゴが登場するコカ・コーラの広告。酸性雨が降りしきる空には20世紀初頭の飛行船ツェッペリン号を鋼鉄で作りかえたようなマシーンが宇宙への植民を呼びかける。新たな楽園へ!冒険へ!それは輝く未来への誘いのようでも、地球に残る人々への監視のようでもある。

深刻な環境破壊により住めなくなった地球に代わり、人類は宇宙にフロンティア(植民地)を求めた。人間に代わりに過酷な宇宙開拓作業を行わせるため、タイレル社はレプリカント(アンドロイド)を開発。人間と同じ見た目、人間以上の知能と力を持つまでに進歩したレプリカントはやがて感情を持つようになり、人間へ反乱を起こす事件が多数発生。人間に反旗を翻したレプリカントを発見・判別し「廃棄(射殺)」する専任捜査官はブレードランナーと呼ばれていた。
退任したブレードランナー、リック・デッカードは地球に紛れ込んだ「ネクサス6型」と呼ばれる最新レプリカント男女4名をする廃棄ため、半ば強引に呼び戻される。デッカードはロイ・バッティをリーダーとする潜伏レプリカントたちの捜査を開始する。

1982年7月3日、日本で公開された「ブレードランナー」のあらすじです。
1982年7月2日、日本で誕生したのが「僕」です(どうでもいいですか、そうですか)。

僕がブレードランナーを観たのは1ヶ月くらい前。「今さら見てもねえ」と思っていました。実際に見て強く思います、今さらで見ないなんてもったいない!だから、僕と同じように有名なのは知っているけど今さら見てもねえ。と思っているあなたに向けて書きます。

見たほうが良い!
今すぐ見ましょう!

本編のネタバレはしません。その分、ルーツから何からいろいろと語っていく所存です。ブレードランナーの世界、2019年のロサンゼルスがあらゆるものを詰め込んだ結果生まれ、そのややこしさは日々拡張し見た人のルーツをも飲み込んでまた新たな姿を見せてくれると思っているからです。

ここまでで観たくなった人は読まなくても良いです。
一刻も早く観たほうが良い。

ロサンゼルスでデッカードに、バッティに、レイチェルに出会ってください。僕も街のどこかにいると思います。ロスで会いましょう。

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続編であるブレードランナー2049も、2作を繋ぐいくつかの短編もまったく見ていません。完全にブレードランナーだけを見ている状況で書いています。

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公開当時は新しすぎた世界

1982年当時、ブレードランナーで描かれた未来の世界はそれまでの科学技術の発展が全ての問題を解決し誰もが幸せになっている世界とは全く異なるものでした。ユートピア(理想郷)と対比させてディストピア(暗黒郷)と呼ばれる世界観。環境破壊が進行し大多数の動植物は絶滅。人々は超高層建造物が立ち並ぶ都市の中でひしめき合って辛うじて暮らしているという設定です。

1982年当時のアメリカは、スターウォーズやロッキーの大ヒットでアメリカン・ニューシネマの波が終りを迎え、明るく希望の持てる映画がたくさん作られるようになっていました。そんな中でピカピカに輝く未来を否定するかのようなブレードランナーの世界観は大衆受けすることはなかったのです。

82年の北米年間興行収入ランキングをみても、

【1位】E.T
【2位】トッツィー
【3位】愛と青春の旅だち
【4位】ロッキー3
【5位】ポーキーズ
【6位】スタートレックII カーンの逆襲
【7位】48時間
【8位】ポルターガイスト
【9位】テキサス1の赤いバラ
【10位】アニー
 ・
 ・
【27位】ブレードランナー

と、トップ20にも入りませんでした。
出典: “1982 Domestic Yearly Box Office Results
※日本国内でもトップ20に入っておらず何位かも見つけられませんでした。

見たこともない世界観は大衆受けはしなかったものの、一部の熱狂的なファンがつきカルト的な人気を得ることになります。「カルト」とは悪しき集団・宗教であることを明確にするために用いられる通俗用語で、転じて「少数の熱烈な信奉者を持つ」という意味で使われることが多いです。世界中でフォロワーを生み、特にサイバーパンクと呼ばれる作品の始祖のひとつになったのは有名ですね。
日本でいえば、AKIRA(漫画・アニメ映画)攻殻機動隊(漫画・アニメ映画)が代表格です。僕は攻殻機動隊が大好きです。

なので、見慣れた世界観かもしれません。80年代以降に生まれたた大多数のSFの世界がブレードランナーから影響を受けているからです、ルーツです。

世界観が新しすぎることだけが大衆受けしなかった理由か?といえば、そうではないです。映画・物語そのものがややこしくて謎だらけなんです。考えたくなるし、語りたくなるし、解釈したくなる。だから人から人へと伝わりじわじわと人気が今まで広がり、新たな住民を増やしているのでしょう。

「新世紀エヴァンゲリオン」なんかがまさにそういう作品ですよね。劇中での説明が極端に少なく言葉も新しかったから数多の考察を生み増殖しつづけている。カルト的な人気を集める作品の共通点なのでしょう。僕もレンタルVHSでテレビ版を、旧劇場版を映画館で見て、深夜に「劇場版エヴァンゲリオン徹底考察!」なんて番組があったらほとんど雑音のAMラジオにかじりついてました。(新劇場版はちゃんと完結してくれるのかなあ…

だいたい、荒廃した世界で主体性にとぼしく成長してるのかしてないのか分かりづらい主人公という点でデッカードと碇シンジにも共通点が…

ああ、いかんいかん。
エヴァ初号機のように暴走しかけました。

とまあ、こんな風に語りたくなってしまうんですよねブレードランナー。
1ヶ月前に初めて見たくせに。
それくらいややこしくて魅力的なんです。

なんでそんな作品になったのか?
ブレードランナー自身のルーツを辿ってみたいと思います。

ブレードランナーのルーツと改変の妙

ブレードランナーには、一応原作の小説があります。フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」。荒廃した世界で地球に潜伏したアンドロイドを捜査官デッカードが追う。というあらすじは大体同じです。電気羊というのは生身の動物が希少で、その所有が富裕層のステータスになった世界で愛玩用として代替されるロボット動物のことです。

「一応」と書いたのは、大体のあらすじから多数の改変が行われているから。ひとつは名称。「アンドロイド→レプリカント」「バウンティハンター→ブレードランナー」と変更され、それが見事にはまり見たことのない世界観と魅力を生み出す大きな原動力になりました。新しい名称をつけて成功したといえば「機動戦士ガンダム(初回放送1979年)」。「ロボット=モビルスーツ」「エスパー→ニュータイプ」と名づけることで、こちらも新たな世界をつくりだしました。SFのように未来、見たことのない世界を構築するために名称がいかに大切かを思い知らされます。ちなみにブレードランナーとガンダムには縁があるようで、ブレードランナーのデザインを担当したシド・ミードが1999年から放送された「∀ガンダム(ターンエーガンダム)」のメカデザインを行っています。ヒゲのガンダムと通称される非常に印象的なガンダムです。是非、検索してみてください。

物語の舞台となる都市も、小説は「カリフォルニア」映画は「ロサンゼルス」に変更されました。

なぜか?

主人公デッカードを「未来のフィリップ・マーロウ」にするためです。

未来のフィリップ・マーロウとフィルム・ノワール

フィリップ・マーロウとはアメリカの小説家レイモンド・チャンドラーが生み出したハードボイルド小説の探偵。地方検事局で捜査官をやっていたが、命令違反で免職となりロサンゼルスで私立探偵を開業しているという設定です。ロサンゼルスの元捜査官。デッカードをマーロウによせるためのロサンゼルス設定なんですね。

映画化も多くされており、ソフト帽にトレンチコートがマーロウのトレードマーク。画像は1975年の「さらば愛しき女よ」。

デッカードを未来のフィリップ・マーロウにしようというのは脚本家ハンプトン・ファンチャーのアイデアでした。それを監督のリドリー・スコットが気に入り進んでいくことになります。

2003年のリドリー・スコット。手乗り写真を撮ろうとしているわけではない(と思う)。

彼はもともと英国の公共放送BBCにセット・デザイナーとして入社し、その後ドキュメント・ドラマの演出を手掛けるディレクターに。BBC退社後にCF制作会社を立ち上げてCFディレクターとして1900以上のCFをてがけた後、1977年「デュエリスト/決闘者」で映画監督デビュー。2作目が「エイリアン」ブレードランナーが3作目です。

CFディレイターとしては、ブレードランナー公開後の1984年にはなりますが、アメリカンフットボールのスーパーボウル用TVCM としてアップルの「1984」が有名。

スコット監督が「未来のフィリップ・マーロウ」を気に入ったのは「チャイナタウン」のようなフィルム・ノワール作品を作りたいと思っていたからなんです。フィルム・ノワール(フランス語で暗い映画という意味)とは、影やコントラストを多用した色調やセットで撮影され、行き場のない閉塞感が大きな特徴で。主人公は私立探偵や警官、ギャングの設定が多く採用されました。
「チャイナタウン」は1974年のロマン・ポランスキー監督作品で、ジャック・ニコルソン扮する探偵がロサンゼルスの水利権に絡んだ事件に巻き込まれていく物語。
先に紹介した「さらば愛しき女よ」もフィルム・ノワールに分類されます。

チャイナタウンのブルーレイパッケージ。デザインがとっても素敵。

チャイナタウンのいち場面。ソフト帽をかぶったジャック・ニコルソンは鼻を切られていてもカッコイイ。

タイトルの通り、ロサンゼルスのチャイナタウンが重要な舞台になるのですが、ブレードランナーでもチャイナタウンが捜査の鍵になります。

映画評論家の町山智浩さんの著書「ブレードランナーの未来世紀」にはリドリー・スコット監督のインタビューとして以下のように書かれています。

「ブレードランナー」の設定は(制作時)から40年後の未来だが、映画のムードは40年前1940年代に作られたフィルム・ノワールを模した。

1940年代と2019年を繋ぎ合わせることで誰も見たこともないのに、どこか既視感のある世界を作りあげることに成功しました。

ちなみに、フィリップ・マーロウのトレードマークであるソフト帽とトレンチコート。デッカードが身につけているのはトレンチコートのみなのにも背景があって、1981年公開の「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」でインディー・ジョーンズにソフト帽をとられたから(!)のようです。制作が前後していたらデッカードがソフト帽をかぶっていたかもしれないし、インディー・ジョーンズがかぶっていなかったかもしれないわけですね。

デッカードを演じたハリソン・フォードは1977年に「スターウォーズ」のハン・ソロ。1981年にインディー・ジョーンズ。そして82年にデッカードと6年の間に立て続けに公開されたことになります。3キャラクターとも現代まで続いていますから、なんともすごい話です。

もうひとつの原作「ロング・トゥモロー」

「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」以外にもブレードランナーには原作と呼べるものが存在しています。フランスの作家メビウスが描いた「ロング・トゥモロー」という短編コミックです。メビウスはスコット監督の2作目「エイリアン」に宇宙服のデザイナーとして参加しており、監督にとってはメビウスの作品は馴染み深かったのかもしれません。実際のコミックを僕は読めていないのですが、前述の「ブレードランナーの未来世紀」に画像が掲載されており、未来を舞台にしながらもゴミやガラクタがびっしりと書き込まれた街並みはブレードランナーの世界と共通しています。主人公が私立探偵という設定もピタリと当てはまります。ただ、ロング・トゥモローは都市が地下深くに何百層も作られているという設定ですが、ブレードランナーでは天にそびえたつロスの摩天楼になりました。

リドリー・スコット監督は小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読んでいなかったとも言われていますし、ロング・トゥモローが監督にとっての原作なのかもしれません。


ブレードランナーという映画が、その成り立ちからしてすでにややこしくいくつもの層で覆われているんです。ロサンゼルスに立ち並ぶ超高層ビルのように様々な人のルーツや嗜好を重ね合わせて詰め込んでいった。その結果のきらびやかで猥雑な世界が見る人を強く惹きつけるのだと思います。その世界は見る人のルーツによっても変わってくると思うのです。見てきたもの・好きな作品、その断片をブレードランナーは再発見させてくれるはず。僕が今さらではなく今だから見たほうが良いと言う大きな理由です。

どうです?見たくなるでしょう?…まだならない?

分かってくださいよー。

ならば次は、リドリー・スコット監督のルーツをもう少し掘り下げてブレードランナーの持つ魅力を考えてみたいと思います。

アート・デザインのエリート リドリー・スコット監督

これを書くにあたり、監督のデビュー作「デュエリスト/決闘者」を見ました。

ツイートの通り、ずーっと決闘している映画なんですが映像がとにかく美しい。そして、あきらかに絵画を意識している。シーンの冒頭で意図的に少し止まったようにしているのが印象的でした。欧州の絵画が好きなひとには元ネタがたくさん見つかるはず。というか、見つけて教えてほしい!

絵画を意識した画づくりはブレードランナーにもあります。デッカードが捜査の手がかりを見つける場面で凸面鏡が重要なアイテムになるのですが、1434年の「アルノルフィーニ夫妻像」の影響が見てとれます。

出典:Wikipedia
2人の中央奥にあるのが凸面鏡。見えていない空間を描き意識させる役割を担っています。

出典:Wikipedia 凸面鏡の拡大画像

映画を見てもらえれば、必ずどのシーンか分かります。
他にもあると思うのですが、元ネタが分からなくてもそれが美しい。ということは十分に伝わるくらいに、画それ自体が美しいんです。

絵画の構図やアイデアが映画に取り入れられることが多いのが、ここ最近分かってきたのですがそれはなぜなんでしょう?僕は時代を超えて普遍的に美しいと感じられる要素があるからではないかと思っています。アルノルフィーニ夫妻像もそうですが、500年以上残り、美しいとされている。凸面鏡のアイデアが画期的だといわれる。そこにはやはり人間に共通して訴えるものがあるのだと思います。映画・映像だって突き詰めれば絵画(静止画)の連続なので、絵画の知識や要素を取り入れることで魅力的なものが作れるということなのだと思います。
村上春樹「ノルウェイの森」に出てくる永沢さんにもそれを思わせるセリフがありましたね。時の洗礼を受けたものしか信じない、みたいな。

スコット監督が絵画に影響された画作りができるのは彼のルーツにもあると思います。キャリアをスタートさせたのはBBCと書きましたが、その前、学生時代はウエスト・ハートブール美術大学でグラフィックデザインや絵画、舞台美術を学び、その後、ロイヤルレッジ・オブ・アートに進学。グラフィック・デザインを専攻しました。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートというのがすごいところで、アート・デザイン分野での世界の大学ランキングで1位に格付けされています。まさにエリートなわけです。それ、偉いと?と言われると正直よく分からないわけでありますが…。世界で1位なのだから偉いのです!世界で1番の大学でアートを学ぶような監督ですから、絵画についての造詣も深い。

新しい世界観と時の洗礼を受けた普遍性。場面ひとつひとつが美しくその世界に浸るだけでも楽しめるのが、ブレードランナーなんです。

どうです?見たくなるでしょう?…まだならない?

分かってくださいよー。

ならば次は、音楽面からブレードランナーの持つ魅力を考えてみたいと思います。

過去と未来が交差する音楽

ビジュアル面で過去のルーツと未来のイメージを融合させていると伝えてきましたが、それはサウンド面も聞き取れます。音楽を手がけたのはヴァンゲリスシンセサイザー奏者という紹介を良くされます。シンセサイザーは電子回路を用いてさまざまな音やリズムを合成・加工する装置のことで、キーボードのような鍵盤楽器の形態をとります。
パー・ピュワーン・ピコピコピコ―みたいな感じです(怒られます)。
1960年代以降から急速に発達し、既存の楽器にはない音を生み出せ多くのミュージシャンが取り入れてきました。ヴァンゲリスもそのひとり。
電子的な浮遊感のある音づくりでブレードランナーの世界に未来的な印象を演出しています。

ブレードランナー公開時、すでにヴァンゲリスは映画音楽制作で成功しており、1981年公開「炎のランナー」で第54回アカデミー作曲賞を受賞しています。炎のランナーのサントラ盤がアメリカビルボードアルバム・シングルチャートで1位を獲得する大ヒット。映画は見ていないですが、サントラは聞きました。1曲目でこれか~!!と思うほど、誰しも聞いたことあるはず。

ブレードランナーのサウンドですが、上であげたような電子的・未来的なものだけだと思ったらサントラ盤を通して聞くと案外それだけじゃないんです。シンセサイザーは使っていますが、ロマンティックで古典的なメロディも多く感じられます。僕は「このメロディ、デイブ・ギルモアがギターで弾いていそうだなあ」とちょいちょい思いました。デイブ・ギルモアとは1970年代のプログレッシブロックバンド「ピンクフロイド」のギタリストでいわゆる泣きのギターの代名詞のような人で演歌でいうこぶしをきかせまくったような弾き方をする人で、僕が一番好きなギタリストです。

なぜ唐突にデイブ・ギルモアを出したかというと、ヴァンゲリスは1970年代はピンクフロイドと同じ「プログレッシブロック」の文脈で捉えられる人だからです。プログレッシブとは「進歩的」などの意味を持つ言葉で1970年代当時、既存のロックを進歩させた音楽という意味合いで使われました。1960年代にビートルズやローリングストーンズ、ザ・フ―が築いたR&Bをベースにしたロックに、ギター・ベース・ドラム以外の多用な楽器やオーケストラも取り入れながら「ロック」の範疇にはおさまらない、新規的で誰も聞いたことがない複雑な楽曲が多く作られました。

ヴァンゲリスが1970年代に個人名義で発表したアルバムも故郷であるギリシアの民族音楽など多くの要素を取り入れた複雑で大作的な作品でした。特に1973年の「アース」から1974年の「天国と地獄」の違いが特徴的で、アースではロックの要素があり通常の楽器が多く用いられていましたが天国と地獄では既存の楽器を電子楽器で置き換えながら浮遊感のある、炎のランナーやブレードランナーに繋がるような楽曲に徐々に変化していっています。

監督や脚本家が、過去の映画を模しながら新しい世界を構築したようにヴァンゲリスという人もまた過去の音楽をベースに電子楽器を取り入れた新しい音楽に挑戦してきた人なんです。だからこそ、映像と音楽がマッチした新しい映像体験がブレードランナーを通してできるのではないかと思います。

チャイナタウンのような映画を監督は作りたかったと書きましたが、音楽面でもその影響があるようで、ブレードランナーのとてもロマンチックな場面で流れる曲にチャイナタウンのテーマソングの影響が感じられました。

すごく印象的なメロディなのでぜひ聞き比べてみてください。

僕はプログレッシブ・ロックが好きなのでそこからのルーツを感じましたが、これもその人がどんな音楽を聞いてきたか、好きだったかで変わってくるはず。テクノが好きな人はそのルーツを感じられるかもしれません。YMOの坂本龍一は1986年のソロアルバム「未来派野郎」の1曲目「Broadway Boogie Woogie」でブレードランナーのセリフをコラージュさせています。国内外へのミュージシャンに与えた影響も大きかったんですね。ちなみに、坂本龍一はダウンタウンが芸者にふんしたGEISHA GIRLSの「Grandma Is Still Alive」にダウンタウンの漫才「誘拐」をサンプリングして取り入れていまして、セリフを音楽として取り入れるのが好きな人なのかもしれません。

あらためて聞いてみるとブレードランナーの世界で流れていそうな雰囲気です。芸者といえば「強力わかもと」の広告ですし、繋がりを感じてしまいます。

過去と未来をつなぎ、自分の好きな音楽をも再発見できるのが、ブレードランナーなんです。

どうです?見たくなるでしょう?…まだならない?

分かってくださいよー。

自分のルーツを詰め込めるおもちゃ箱のような世界

ここまで約9000字をかけてブレードランナーにつまったルーツをお伝えしてきました。

いやホントはキャストやキャラクターについても色々とあるんですよ。デッカードが自主性がなく既存のヒーロー像に当てはまらないがゆえに、ロイ・バッティたちレプリカントの「今」を強く強く生きる姿が印象的に浮かび上がるとか、レイチェルのある場面で大滝栄一の「幸せな結末」が脳内再生されてとても美しかったとか。バッティがウィリアム・ブレイクの詩をゆるく引用しているのは電脳化されてネットワークにつながっているのかなあとか。

話は本当に尽きません。

それだけ調べたくなる、自分の感じたルーツを話したくなるんです。

何度か書いた「再発見」。僕自身、ブレードランナーを通じてもういちど見たくなる・聞きたくなるものがたくさん発見できました。2019年のロサンゼルスにはあなたが好きなもの、好きだったけど忘れていたものがたくさん詰まっているはずです。きわびやかで猥雑な街に飛び込んでその宝物たちを見つけてみてはいかがでしょうか。

今、これを書いているのは2018年12月31日。日付が変われば2019年です。ブレードランナーの世界が「今」になるんです。そんな些細なきっかけだとしてもすばらしい映画との出会いはかけがえのないものになると思います。

どうです?見たくなるでしょう?…結局ならなかった?

分かってくださいよー。


最後に、ブレードランナーは色々なバージョンがリリースされています。どれも微妙に違うのですが、最初に見るのは「オリジナル劇場公開版」がおすすめです。その後、ほかのバージョンも…となったら「ファイナルカット」を見るといいと思います。

たくさんバージョンがありますが、よっぽどでなければ2つで十分ですよ

…ひとつもいらない?

分かってくださいよー。

※出典元の記載のない画像はすべてIMDbより引用


サポートありがとうございます!ありがたく受け取ります。次の映画評のための映画鑑賞、資料購入に使わせてもらいます。