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「前科者」は、「正しさは強さではない」と教えてくれる 【今、推したい映画 イマオシ】

保護司(ほごし)。

それは、元受刑者の更生を手助けする仕事。法務省のHPには以下のように記載されています。

保護司は,犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支える民間のボランティアです。保護司法に基づき,法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員とされていますが,給与は支給されません。 保護司は,民間人としての柔軟性と地域の実情に通じているという特性をいかし,保護観察官と協働して保護観察に当たるほか,犯罪や非行をした人が刑事施設や少年院から社会復帰を果たしたとき,スムーズに社会生活を営めるよう,釈放後の住居や就業先などの帰住環境の調整や相談を行っています。 このような保護司は,全国に約4万7,000人います。
法務省HP「更生保護を支える人々」より

有村架純さん演じる20代の新人保護司・阿川佳代が、犯罪や非行を犯した人物に寄り添おうと奮闘するのが、映画「前科者」です。

原作は、香川まさひとさん原作・月島冬二さん作画の同名漫画。WOWOWオリジナルドラマ「前科者-新米保護司・阿川佳代」として、全6話WOWOWで放送されました。映画版は、ドラマの3年後が舞台です。

原作・ドラマ版を知らなくても問題ありません。ドラマ版とキャストや監督は共通していますが、完全オリジナルストーリーで、知らないと理解できないこともありません。

とにかく公開直後の今、劇場に行ってほしいです。

全国公開されているとはいえ、この規模の映画はすぐに上映回数が減らされたり、公開終了になってしまいます。それはもったいない。少しでも多くの人に見てほしいと思って、この記事を書いています。

すこしでも気になれば、劇場に行ってほしいです。ドラマ版はAmazon Prime Videoなどで配信されていますから、映画を見た後にぜひご覧くださいね。

ネタバレはないので、安心して読み進めてください。

保護司だからこそ、描けるものがある

前述の法務省HPによれば、保護司の平均年齢は64.7歳。40歳未満の方は全体の0.6%しかいない。HUFFPOSTの記事では、阿川と同じ20代の保護司は、12人と伝えられています。全体の女性比率が約20%なので、「20代の女性保護司」は日本に2、3人しかいないことになります。

数が少ないとはいえ、まったくの創作ではない。事実、映画の脚本制作にあたって、関東で保護司をされている24歳の女性に話を伺い、現実との違いが出すぎないようにしたということです。

「前科者」がすばらしいのは、保護司が主人公になっている点です。

阿川佳代は、静かながら熱い気持ちをもって対象者に向き合います。事情を抱えて道を外れてしまった人と、寄り添おうとする熱血主人公。構造だけみたら「教師もの」のようでもありますが、そんなに単純ではないのが「前科者」です。

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出典:映画.com

保護司が「現実的に」できることはとても少ないんです。端的にいえば「力」がない。対象者の行動は制限できないし、対象者が問題を起こしても「報告」しかできない。「ここから先、阿川さんにできることはありません」と言われることが度々起こります。

寄り添おうとする想いと、どうにもならない現実の板挟みにあう佳代。苦しさと悔しさを味わい、だからこそできることを探そうとする姿に小さな希望を見出すことができるんです。

支える者、支えられる者、それぞれが抱える「過去」

映画版でメインの保護観察対象者となるのは、森田剛さんが演じる工藤誠です。職場の同僚を刺殺して罪で服役。仮釈放後、阿川の対象者となります。

工藤は、寡黙で手先が器用な働き者に見えます。そんな彼がなぜ殺人を犯したのか。彼の抱えた「過去」が物語の推進力になります。工藤の過去がミステリ的要素となり、2時間の映画を引っ張ります。

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出典:映画.com

「謎解き」のようなエンタメ的な見せ方ではなく、情報の出し方の順番やタイミングによる見せ方に徹している。つまり、脚本の妙が光るつくりです。

映画「前科者」では工藤と同時に、阿川佳代の「過去」にも大胆に焦点が当たります。なぜ、彼女は若くして保護司になったのか? なぜ、前科者に寄り添おうとするのか? その理由が紐とかれます。

「誰かを支えたい」という彼女の気持ちは、単なる情熱なのか。何を救おうとしているのか。心の水脈におりくていくような、時に息苦しさを感じる瞬間を味わえます。

メイン2人の「受け」のすばらしさ

阿川と工藤、それぞれに過去を抱えた2人ではありますが、劇中ではどちらも巻き込まれる側です。直接的に物語を動かす役割ではないんです。

その分、有村架純さんと森田剛さん2人のリアクション、「受け」の演技が際立ちます。特に森田さんは、セリフではない部分、視線や少しの身体の動きから心の動きが感じ取れる見事な演技です。

一方、物語を動かす役割を持ったのは、磯村勇斗さんと、若葉竜也さん。2人がどんなキャラクターは、ぜひ劇場でたしかめてください。

個人的には若葉さんですね、やっぱり。初登場シーンの不気味さに始まり、とにかく目が離せません。「若葉竜也の映画に駄作なし」という言葉は僕が今考えましたが、間違ってはいないはず。次の広辞苑にのせましょう。

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出典:「前科者」公式Twitter

その他、石橋静河さん、北村有起哉さん、リリー・フランキーさん、マキタスポーツさん、宇野祥平さん、 木村多江さんと、キャストを並べるだけでも見る価値アリと伝わると思います。

事実、その通りです。

「正しくなさ」にこもる「強さ」

劇中には、たくさんの「正しくない」人が出てきます。佳代もそうです。保護司の仕事の範疇を超えて対象者に関わろうとする。保護司としては正しくない言動をたくさんします。保護司としてではなく、人間として関わろうとする、ぶつかっていく。

社会のために「正しさ」は絶対に必要です。法律や規則は、そのために存在しています。それを否定しちゃあいけない。ただ、正しさだけでは救えないこともあります。そんなに単純なら苦労はない。

正しさから外れた人を救うのは、少なくとも寄り添えるのは同じように「正しくなさ」を抱えた人なのかもしれません。

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出典:映画.com


「正しさ」の後ろに隠れ、何かを、誰かを叩いて安心していないか


佳代や誠をはじめとした「正しくない」人たちの強さは、僕にそんなことを語りかけているような気がしました。

佳代と前科者たちの強さ、ぜひ劇場で確かめてください。

きっと、あなたの心に何かを残してくれるはずです。


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