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デトロイトは復活できるか?

  米ラストベルト(錆びた工業地帯)にあるデトロイト。自動車産業の中心地だ。
 その様子を、Googleストリートビューで見ることにしよう。
 ここは、都心部の様子だ(動かして周りを見て回ることもできる)。
https://www.google.co.jp/maps/@42.3337977,-83.0432653,3a,75y,173.49h,87.85t/data=!3m6!1e1!3m4!1sNqAAz8-HTyUGUDBTBq1O_w!2e0!7i13312!8i6656?hl=ja

 遠くに、GM本社が入っている現代的な建築群ルネッサンスセンターが見える。しかし、近景は、古い建物と駐車場だ。

 1980年代には、上の写真に見るように、もっとひどかった。

 この頃、私はデトロイトを訪れたことがある。GM本社がルネッサンスセンターに移転する前で、そこまでの道筋は、この写真よりひどく、爆撃の後のようだった。廃墟のような瓦礫の中を走ったことを覚えている。
 80年代に、アメリカの自動車産業は日本の自動車に押されて衰退し、ラストベルトは、錆びたどころか、崩壊してしまったのである。

 デトロイトの人口が最も多くなったのは1950年で、約185万人だった。しかしその後減少し、2000年には約95万人となった。リーマンショックでも激減し、13年には約69万人となった。
 13 年には財政破たんに追い込まれ、連邦破産法9条の適用を申請した。負債総額は180億ドルを上回り、アメリカの自治体の財政破たんとしては、過去最大となった。
 犯罪が増加する一方で、公共サービスは低下。アメリカで最も危険な街と言われた。銃で撃たれて警察や救急車を呼んでも無視され、運よく警察が来ても、到着までに平均1時間ほどかかると言われる状態だった。
 14年には、連邦破産裁判所がデトロイト市の再建案を承認。70億ドルの債務免除が認められた。デトロイトは、これから市政サービスを正常化させ、再生に向かおうとしている

 しかし、楽観はできない。自動車産業という単一産業に依存しているからだ。
 鉄鋼の場合には、早くからアメリカが衰退し、政府からの救済がなかった。だから、ほかの産業に転換するしかなかった。
 しかし、自動車産業は、連邦政府が援助した。だから生き残った。今もトランプ政権は、アメリカの自動車メーカーを助けようとしている。それは、アメリカの産業転換を遅らせる効果しか持たないだろう。

 仮に自動車の生産がアメリカに回帰したとしても、労働組合が強い北部に立地するのではなく、南部に立地するだろう。
 実際、日本や韓国のメーカーは、全米自動車労働組合(UAW)など、労組が力を持つデトロイトを避け、南部諸州に工場を建設した。
 トヨタの場合について見ると、工場があるのは、ケンタッキー、インディアナ、テキサス、ミシシッピなどだ。
 
 下のグーグルアースは、デトロイトの工場地帯を上空から見ている(これも、動かして見ることができる)。
画面の左がデトロイト川で、画面上方に少しいくと、Zug Islandがある。ここは、USスティールの工場跡地だ。古い写真を見ると工場が立ち並んでいるが、いまはかなり荒れ果てている
https://www.google.co.jp/maps/@42.2454831,-83.1026743,2496a,20y,349h,54.47t/data=!3m1!1e3?hl=ja

 この島の画面下方にルージュ川がある。これを画面左方向に少し遡ると、有名なフォードのリバールージュ工場がある。アメリカの産業史の本を読むと、必ずといってよいほど出てくる。
 1928年に完成した時点では世界最大の自動車工場だった。鉄、ガラス、ゴムなどの生産まで工場内で行う垂直統合工場で、最盛期には12万人の従業員が働いた。工場内に高炉があり、鉄鉱石を運び込んでからわずか28時間後に、T型フォードを出荷することができた。
 現在でも操業は続けられているが、周囲はかなり荒廃している。  

 トランプ大統領がアメリカからの工場移転を引き留めたとしても、こうしたところの工場を復活させるのは、とても無理だろうと、容易に想像できる

 しかし、デトロイト都市圏が全体として駄目になったわけではない
 下の写真は、デトロイト都心から20キロほどの郊外にあるサウスフィールド

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 ここは、デトロイト都市圏の新しいビジネスの中心地である。事務スペースは2,508,400 m2で、デトロイ中央事業地区の3,089,000 m2 の8割くらいになる。
 マイクロソフトやシスコなどハイテク企業がオフィスを構えている。この他に、国際的に有名な企業の本社もある。
 デンソーもここにテクニカルセンターを設け、技術開発に取り組んでいる。

 80年代にデトロイトを訪れたとき、ここのウエスティン・ホテルに泊まった。現代的なビル群と街の活気に圧倒され、デトロイト中心部とのあまりの違いに驚嘆した覚えがある。
 この街の様子を見れば、ラストベルトのすべて駄目になったわけではないことが、はっきりと分かる。
 新しい産業を見出した都市は、ラストベルトにあっても、目覚ましく発展しているのである。

 「ラストベルトは時代に見放された地域であり、そこには貧しい白人たちがこれまでの政治に不満を抱いている」という考えに凝り固まると、実態を大きく見誤ることになる。その地域に貧しい人々がいることは間違いない。しかし、それが平均的な姿だとは、決して言えないのである。

 多くの報道は、事前にストーリーを作り、そのストーリーに合うようなインタビュ―を行ない、それに合う写真を掲載する。それらがたとえ一部のものであったとしても、読者は、それがすべてであると思ってしまう。外国の事情に関しては、とくにこうした誤りに陥りやすい。Googleストリートビューで実際にはどんな場所かを確かめてみることが必要だ










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