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「スター・ウォーズ」は、1970~80年代冷戦の落とし子

 映画「スター・ウォーズ」の世界は、古代ローマそのものである。なぜなら、この映画は、アイザック・アシモフの『銀河帝国興亡史』を基としている。そしてアシモフは、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』から着想を得たからだ。

 実際、古代ローマは、この映画のあらゆるところに顔を出す。
 まず、統治機構。 銀河共和国の最高統治機関は、各星の代表が議員を勤める銀河元老院

 その最高議長が執政の長。ところが、分離主義者が反乱を起こす。パルパティーンが最高議長になり、独裁者となる。
 彼の正体は、シスの皇帝ダース・シディアスだった。彼は元老院で帝政への移行を宣言する。その後、反乱軍が誕生し、帝国を打倒して共和国を再建する

 この構図でのパルパティーンは、明らかにカエサルである(オクタビアヌス的要素もあるが、腹心に殺される点では、カエサル)。
 アメリカでは独裁者は悪だ。だから、カエサルもオクタビアヌスも悪だ。大統領選挙の長い予備選は、カエサルの出現を阻止するために作られたものだ。

 第2次大戦中と戦後の冷戦期において、アメリカは、自らを民主主義のリーダーとして位置づける必要があった。第二大戦中は枢軸国に対して、そして冷戦期ではソヴィエト連邦に対して(「スターウオーズ」第1作目の公開は1977年。新冷戦期の真っただ中であったことを思い出していただきたい。レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだのは、83年である。1980年代にレーガン大統領が打ち出した戦略防衛構想(SDI)は、「スターウオーズ計画」と呼ばれた)。

 そのために、「独裁=悪」という宣伝をしたい。しかし、抽象的なメッセージでは弱い。ローマの映像化は、そのための絶好の手段になる。とりわけ、剣闘士によるコロセウムでの殺し合いゲームは、強烈なイメージだ。

 もちろん、このゲームは、共和制時代にもあった。しかし、帝政時代には、剣闘士の殺しあいだけでなく、キリスト教徒の虐殺もゲームに加わった。しかも、皇帝は、カリギュラやネロといった、およそ弁護のしようがない権力者だ。だから、「帝政=殺し合いゲーム=悪」という構図ができる。これを見れば、人々は、独裁国家がいかに非人間的かと実感するだろう。

「『ハンガーゲーム』は、ローマ帝国打倒の物語り」で述べたように、ハンガーゲームも殺し合いゲームだが、「スターウォーズ」でも、アナキンとアミダラがコロセウムで怪獣と戦わされる場面が出てくる(エピソード2/クローンの攻撃。02年)。この場面は、物語全体の中で、一つのクライマックスだ。

 ところで、「スターウオーズ」は民主主義国家アメリカの宣伝映画なので、スターウオーズの民主主義に対する執着は徹底している。アミダラは、なんと、「選挙で選ばれた女王」である!

 ところで、スターウオーズの本筋とは離れるが、「『スターウオーズ』と『ローマの休日』のどちらが真実らしい描写をしているか?」という問題について述べたい。

 「 エピソード1/ファントム・メナス」で、ナブー国は危機に陥り、アミダラ女王(キーラ・ナイトレイ)はグンガン国の王ナスに救援を求める。しかし、ナスは、助けてくれない。
 その時、後に控えていた侍女の1人パドメ(ナタリー・ポートマン)が前に進み出て、言う。「これは私の影武者で、私が本物のアミダラ女王。どうか私たちを救ってください」 これを聞いたナスは、直ちにナブーを救うことを決める。
 この場面を見て、私は唖然としてしまった。ナスは、後から出てきたのが本物のアミダラだと、どうして信じたのか?
 現実の世の中であれば、本物の女王だと証明するために、何枚もの証拠書類と証拠物件(王冠など)を提出する必要がある。しかし、ナタリー・ポートマンは、何の証拠も提出していない
 ナスは、証拠を求めないどころか、侍女たちに「この女の言うことは本当か?」と確かめてすらいない。
 ナタリー・ポートマンの発したオーラがすごかったということなのだろうが、キーラ・ナイトレイのオーラも相当のものだ・・・

 現代の世界では、王様や王女様の本人証明が、これほど簡単に受け入れられることは、絶対にない。
 例えば、王位にあるものは、それを証明するために、1人で町を歩いたりすることはない。必ず大勢の従者を引き連れている。「ローマの休日」で、町を歩くアン王女に誰も気づかなかったのは、一人だったからである

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