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#041 2020年度導入予定の「オープンイノベーション促進税制」とは

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こんにちは。中小企業診断士の多田と申します。

今回は、一昨日(2019年12月7日)の日経新聞に載っていた、「オープンイノベーション促進税制」について書いてみたいと思います。
なかなか日本企業をどうやったら成長させることができるかの道筋が見えない中、大企業がスタートアップと連携しやすい環境を作るというのは理にかなった政策に思えますが、実際のところどうなのでしょうか?

「オープンイノベーション促進税制」とは

以下、日経新聞の記事から冒頭の部分のみ引用させて頂きます。

スタートアップ出資、1億円以上で減税 大企業の投資促す :日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO53075900X01C19A2MM8000/

政府・与党は大企業が設立10年未満の非上場企業に1億円以上を出資したら、出資額の25%相当を所得金額から差し引いて税負担を軽くする優遇措置を設ける。自社にない革新的な技術やビジネスモデルを持つスタートアップと協業し、新たな利益の源泉となるイノベーションを起こしやすくする。大企業が自社にため込んだお金を活用するよう促す狙いもある。

現在、与党の税制調査会で詳細を議論してるところで、2020年度の創設を計画しているとのこと。

その他、重要な点としては、

* 新税制は2020年4月から2022年3月までの出資に適用される。
* 日本国内のスタートアップに投資する場合は1億円以上が、海外のスタートアップに投資する場合は5億円以上が軽減対象。
* 中小企業が投資する場合は、1000万円以上で軽減対象になる。
* 単に投資するだけでは駄目で、その投資によって事業構造を転換できる見通しがついていることを条件とする。
* 投資した株は5年以上持ち続けること。5年以内に株を売却した場合には減税分を国に返還する必要あり。
* 財源は、現在おこなわれている交際費支出に関する減税措置を縮小することで捻出する。

だそうです。
「その投資によって事業構造を転換できる見通しがついている」というあたり、誰がどういう審査を行うのか若干気にはなりますが、政府としてやりたいことはよくわかります。また、財源の確保の仕方もなるほどと思いました。

元は経団連からの要望に添った政策

この施策、ニュースを辿っていくと、どうやら経団連からの提言に沿った施策のようです。以下は今年9月(およそ3ヶ月前)の記事。

企業のベンチャー投資支援拡充を 経団連提言  :日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49786940T10C19A9EA4000/
経団連は2020年度の税制改正に向けた提言をまとめた。事業会社やコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)がスタートアップ企業に投資した際、出資額の一定割合を税額控除できるようにするといった投資支援策を要望した。研究開発税制の拡充と併せて、社内外の技術などを持ち寄り事業革新を目指す「オープンイノベーション」の促進を求めた。

最近の大企業によるスタートアップ投資の例

さて、この大企業とスタートアップとの共創による「オープンイノベーション」ですが、最近の代表的な例だと、例えば以下のようなケースが考えられます。

自動運転領域へのVC投資、世界で年間100億ドル突破!トヨタAIベンチャーズ、案件数で3位 | 自動運転ラボ
https://jidounten-lab.com/w_vc-world-100

自動車業界は、
(1)AIによる自動運転技術の進歩
(2)ガソリンエンジンから電気自動車への移行

という大きな2つのパラダイムシフトに晒されており、また、現在の自動車メーカーがどこも非常に大きな企業であり、どうしても変化への対応が遅れがちになってしまうため、世の中の変化に対応し、テスラのような新興企業と戦っていく為には、こうしたベンチャー投資がかかせないのだと思います。

PoC と PoB

一方、こうしたスタートアップ投資が必ずしもうまくいくかというと、実際はなかなか難しいようです。

一般的に、スタートアップなどの力を借りて大企業がこれまでとは異なる事業に参入しようとする場合、
(1) ビジョン(どこを目指すか)の設定
(2)
PoC(Proof of Concept: コンセプト検証)の実施。技術試作や実証実験、小規模なビジネスを運営してみて、その事業コンセプトが顧客に受け入れられるかどうかを検証する。
(3) PoB(Proof of Business: ビジネス検証)の実施。PoCで顧客に認められた事業が、ビジネスとして成立するかどうかを、競合や投資回収、社内リソースなどの観点から検証する。
(4) 事業化

というステップをとることが多いです。

これらの中で、スタートアップとの共創が重要になってくるのは(2)のPoCの部分です。
例えば、自動運転であれば、自動運転車を開発して「特区」などの限られたエリアで実際に自動運転車を走らせてみる、無人のスーパーマーケットであれば、無人チェックアウトが可能な店舗を都心部などの限られた場所に期間限定でオープンしてみる、などの実証実験を行います。

PoCの段階で、当初想定していたサービスが技術的に実現できない、お客さんの反応がいまいちだった、などの問題が見つかれば、再度PoCをやり直すことになるのですが、実際は、仮にPoCを通過したとしても、その先の PoB や事業化判断のところでつまずくことも多いです。
なぜなら、PoCまでは、愚直にお客さんの為になることを探していけばスムーズに物事が進むのですが、PoB以降は、既存の事業との関係性など、意志決定にあたって大企業の社内事情に影響される部分が大きくなってくるためです。

政策を生かすも殺すも経営者次第

例えば、既存の自動車メーカーが、非常に高機能な自動運転可能な電気自動車の開発に成功したとします。
もちろん、お客さんもそのような新しい自動車の購入を臨んでいることは明らか(PoCは成功している)のですが、実際にそのビジネスを始めようとすると、
* ガソリンエンジンの部品を作っていた下請け工場はどうするか
* オイル交換や定期点検で顧客接点を作っている既存のディーラー網をどうするか
* エンジンからモーターに変わることで車の構造が簡単になって参入障壁が下がることが予想されるが、それにどのように対応していくか
* 一体社内の「誰」がその新しい事業のトップになるのか、これまでのビジネスを大きくしてきた役員・社員の処遇はどうするのか

といった問題が生じます。
社内の色々なしがらみに縛られたり、既存ビジネスへ見切りをつけることが遅れてしまうことで、新しい事業への転換が遅れてしまうのです。

ビジネスの変革にはどうしても痛みが伴います。
結局のところ、こうした税制のような施策はあくまできっかけであり、その政策を生かすも殺すも経営者次第。特に重要なのは、経営者の方がどれだけ強い「危機感」と「決断力」を持たれているかが、こうしたオープンイノベーションを最終的に事業の変革までもっていけるかどうかのポイントになるように思います。

まとめ。

(1) 現在、政府与党の税制調査会で、「オープンイノベーション促進税制」を2020年に導入する方向で検討が進んでいます。

(2) 「オープンイノベーション促進税制」では、大企業がスタートアップへ投資する際にその投資額に応じた減税措置を行います。これにより、両者の連携を深め、大企業のビジネスを変革させる狙いがあるようです。

(3) オープンイノベーションで本当に難しいのは、新しいビジネスを始める際、いかに既存のビジネスへの見切りをつけ、社内のしがらみに打ち勝つことができるか、だと思います。そのためには、経営者の方が、現在の自社の状況に対して、どれだけ強い「危機感」を持ち、「決断力」を発揮できるかにかかっていると思います。

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(ここに書かれている内容はいずれも筆者の経験に基づくものではありますが、特定の会社・組織・個人を指しているものではありません。)

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