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雪舟伝説展 予習メモ


注意書き

この記事は雪舟伝説展に行くために見ておいたらいい動画とかまとめてます。
素人が出品される作品を集めたり、関連情報を探してまとめただけの記事です。

なので、間違いが多いことが予想されますし、動画の説明も適当だし、途中で力尽きて動画の感想書いてないとこもあります。
そもそも、著者は別に美術に精通してるわけでもないです。

○ 今回の展示の予習に良い動画
△ 余裕あれば見ておいてもいいな的な動画
□ 今回の展示の関連動画


雪舟伝説展・解説

○展覧会公式 / webサイト

△京博の特別展紹介

京博の紹介ですー
雪舟展ではないんだよーという話
トラリンにも声が欲しいなー

○テレビ大阪プレイリスト

さくっと見れる解説でオススメ


水墨画

○水墨画を見るポイント―山水画に描かれた人物

◆水墨画の歴史
唐の時代に大道芸としてはじまったと言われる
平安時代には入ってきてたと思われるが、古いものは現存していない

◆水墨画の見方
人物の役割が大きいので人物に注目
世俗の出世から離れた姿が理想

○水墨山水画の見方

美の壺より
わかりやすくてオススメ

①下から上に見ると物語の時間に沿って絵を旅できる
②にじみやぼかしは日本の軟水や和紙だからこそ生まれた技術
③落款の押してある方が裏で、逆側の表から光が指す

□【ゆっくり解説】軟水と硬水の違いについて

水墨画の見方の動画で、水墨画と日本の軟水は相性がよかったという話がでていたので、この機会に軟水と硬水も調べてみた

  • カルシウムとマグネシウムの含有量で複数の計算式と基準がある

  • 日本が軟水なのは山が多く急斜面でミネラルの少ない火成岩の地層だから

  • ヨーロッパが硬水なのは斜面がゆるくてミネラルの多い石灰岩だから

  • 料理の時に硬水だとパスタのコシが出たり肉の臭みを消す

  • 軟水は繊細な和の料理にあってる


雪舟本人について

○シティプロモーション動画「大内のお殿様と雪舟」

山口市の動画
声はないけど、大内との関係性がわかりやすい
当時の大内の当主が誰かわかるのもありがたい

○【デジタルアーカイブ】総社市で生まれた画聖 雪舟

岡山県総社市が生まれ故郷だとめっちゃPRする動画

○【初コラボ】「春木で呉座います。」呉座先生・春木先生登場! / しかかく

春木先生の雪舟解説は54分くらいから
京都では売れなかったから明に行ったのでは、というのが最新の研究
実は権力ずぶずぶだったという話

最初の方の呉座先生の解説は、雪舟が肖像画を描いた益田兼堯に関連する大内道頓の乱の話

○雪舟で入門 室町水墨画【春木晶子の日本美術史講義/無料ライブ配信】

しかかくさんのコラボ配信の続き

  • 雪舟が登場する前の中央画壇は詩に対して絵を描くSNS的な感じだったらしい

  • 雪舟の画風と当時の明の画風があっていたらしい

○【へんな日本美術史③】雪舟、81歳で見た画聖の新境地とは?(破墨山水図・慧可断臂図・天橋立図)
○【へんな日本美術史④】雪舟がもう少し長生きしていれば・・・(慧可断臂図・天橋立図)

話がうまくてわかりやすい
芸風が掛軸塾に似てる

○ETV特集 中国でよみがえる雪舟

中国での雪舟の評価の高さがわかる

○奈良国立博物館 特別展「名画の殿堂 藤田美術館展―傳三郎のまなざし―」を巡ろう(進行:橋本麻里)【ニコニコ美術館】

今回は出てこないけど、有名な雪舟自画像についての話
1時間29分40秒くらいから3分ほど
雪舟の自画像の模本に関する解説

①雪舟は日本に帰ってきた後に、中国の僧のコスプレで自画像を描く
②その自画像を弟子に中国に持っていかせる
③中国の僧侶に賛を書いてもらって、弟子に持って帰って来てもらう
④俺は中国で評価された本場帰りだぜーというブランディング
⑤この絵はその自画像の模本

なお、少し前に伝牧谿や伝周文の絵も解説してます
あくまで「伝」なので、牧谿じゃなさそうですがw


展示1章に出てくる雪舟の絵

数字は出品リストの展示番号ですー

1 国宝 秋冬山水図

○国宝展 絵画 (5/10) | 秋冬山水図 (雪舟)、竹斎読書図 (伝・周文)、破墨山水図 (雪舟) / 掛軸塾

東博の国宝展のときのがっつり解説
ついでに師匠の周文も解説してるので、そちらは気が向けばどうぞ

○「国宝展」解説!⑬雪舟《秋冬山水図》 / 美術史チャンネル

絵そのものの解説を5分半ほどでがっつり
秋と冬の空間の使い方の違いについて話しててわかりやすい

「美の巨人たち」より
秋冬山水図を中心に雪舟全般の話でわかりやすい


2 重文 山水図 雪舟(拙宗)


3 重文 四季山水図

https://rekisitravel.com/sesyusikisansuizu4/

△【日めくり3分間名画】28枚目 雪舟「四季山水図 春」

3分あるけど、ほぼ雪舟の解説
絵の解説は少しだけ



4 国宝 破墨山水図

この水墨画の上の方に書いてる賛は、雪舟が自分で書いてるので、これが本当の「自画自賛」なんだそうですー

○国宝展 絵画 (5/10) | 秋冬山水図 (雪舟)、竹斎読書図 (伝・周文)、破墨山水図 (雪舟) / 掛軸塾

秋冬山水図のとこで紹介したやつです

○「国宝展」解説!⑫雪舟《破墨山水図》 / 美術史チャンネル

絵そのものの解説を5分半ほどでがっつり。
技法についても軽く触れてます。

□【技法】マニアックさんはコレ!水墨画「破墨法」のアレコレ

破墨山水図の「破墨」ってなんなの、ということで。


5 国宝 山水図

動画がなかったので、解説してる記事を紹介
他の雪舟の国宝についても解説してますー


6 国宝 四季山水図巻(山水長巻)

○[びじゅチューン!] 通勤フロム山水長巻 | NHK

なぜか埋め込みできませんでした(。>_<。)
山水長巻は長すぎてまともに見るとしんどいので、こちらが入口に最適
これを見れば、とりあえず何書いてるか雰囲気はわかるので、まずはこれで把握しよう

△四季山水図 / 京都国立博物館公式サイト

とりあえず全部見れるけど最初にこれを見てもわかりにくいです

○雪舟 山水長巻

複製の絵巻物を見せてくれる
わかりやすい

△6国宝 四季山水図巻(山水長巻)

画質は悪いけど軽く解説もある


7 国宝 天橋立図

○ブラタモリ 「天橋立 #172」 / webサイト

ブラタモリの天橋立の回のまとめテキスト
実は北のほうが栄えていて、そこから見た風景が雪舟の絵
天橋立の陸地が伸びた結果、南のほうが栄えたのが現在なんだそうな

□「股のぞき」でイグ・ノーベル賞 東山教授基調講演(2016.11.26)

イグノーベル賞を受賞した研究についての発表
過去の文献や、実際のデータから股のぞきの効果を実証
さらに「ここから見ればベスト」というのを地図上でも紹介
結論は以下の通り

2022年にイグノーベル賞展に行った時に実際に講演会の話を聞いたのですが

  • 受賞のお知らせは、急に英語のメールが来たので迷惑メールと思ってた

  • 自腹で授賞式に行ってきた

  • 賞品がでかすぎてスーツケースに入らず邪魔すぎた、捨てて帰ろうかと思ったレベル

  • 受賞した結果、取材が増えて研究に支障が出て、特に良いことはなかった

といった話でとてもおもしろかったですw


8 重文 四季花鳥図屏風


9 国宝 慧可断臂図

○中国禅僧の系譜>第1祖:達磨

武帝とのやり取りを中心に紹介
「功徳を求めた信心になんて功徳ないよ、学問中心とかいかんよ、ひたすら座禅するのがいいよ」
まぁ、宇宙大将軍にめちゃくちゃにされて餓死した武帝の最期を考えると、確かに功徳なんてなかったと言わざるを得ないなぁ…

○中国禅僧の系譜>第2祖:慧可

達磨に会うまでの話が、なんとなく空海に似てる
会ってから全然相手してもらえないとこは真逆だけどw
左手を切り落とすのに引くし、そこまで追い詰めた達磨に対しても引くw
仏法をどう会得したかに関して、何も言わないのが正解
なんか色々と全く共感できない話だ、私には禅は無理ぽいw
とりあえず内観せよということなんだそうな

□中国禅僧の系譜>第3祖:僧燦

慧可の弟子
絵とは全然関係ないけど、ついでなので
仏と法は自分の心にあるらしい

□【ゆっくり解説】 王朝を創り、王朝を壊す 梁武帝 蕭衍 【魏晋南北朝 東魏 梁】 / 鳥人間

達磨に出てきた武帝だけど、こちらの動画では、残念ながら達磨出はてこなかった(。>_<。)
前半は名君だったのに、仏教にハマりすぎて寺院建築しまくりで財政状況が悪くなったり、信仰に現実逃避したりしたあげく、宇宙大将軍を引き込んだ結果、反乱起こされて餓死して死んだそうな

□【ゆっくり解説】 宇宙大将軍 侯景 【魏晋南北朝 東魏 梁】 / 鳥人間

もう全然関係ないけど梁武帝といえば宇宙大将軍に無茶苦茶にされてしまうので
謎のカリスマ性と、あと反乱おこさざるを得なかった運の悪さが印象的
いや、反乱起こして成功したし、宇宙大将軍になれたから「運の悪さ」ではないのかなぁ…


その他 絵に出てくる元ネタ

寿老人

○「七福神」のご利益と経歴がスゴすぎる|これでみんな福だらけ!? / しんりゅう

寿老人の絵が何枚かあるので、せっかくだから七福神をこの機会に
福禄寿と寿老人は道教由来で、同一視されることもある
そりゃごっちゃになるわけです

富士山関連

(注意書き)
西湖は中国浙江省杭州市の西湖でした(。>_<。)
せっかくまとめたので消さずにおいておきますw
雪舟の西湖の絵を見たら、富士山ないから、おかしいなーと思ったのよね…

○西湖 / webサイト

とりあえず画像だけ見ておけば最低限わかる

△バスガイドぶらり旅 vol.3 絶景の富士山と富士五湖

富士五湖全部めぐってて、西湖は4分15秒くらいから
余裕があればどうぞ

○三保の松原 / webサイト

とりあえず写真見ればどんなとこかはわかるので、基本的にはそれだけでOK

△バスガイドぶらり旅 vol.5 三保の松原

一応、三保の松原について詳しく知りたいならこちら
この人の動画はわかりやすいんだけど、初期の動画なのでマイクがいまいちなのが残念

○富士山を湾の全域から望む 駿河湾 / webサイト

写真だけ見ておけばOK
めっちゃ綺麗、ぜひ見てみたい

西湖

https://locotabi.jp/hangzhou/recommends/kanko/13198

□【ゆっくり解説】 夏姫 西施 古代中国 美し過ぎた女性たち 【春秋戦国】

「中でも有名な伝承は中国四大美人の一人、西施入水にまつわるもので、この故事により西湖の名称が定着したというものである。しかし、呉越の時代にはまだ西湖は淡水化しておらず、漢代でもなお西湖とは呼ばれていなかったことから、この伝承は後代のものであろう。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%B9%96_(%E6%9D%AD%E5%B7%9E%E5%B8%82)

もうあんまり関係ないけど、西湖といえば中国四大美人の西施の入水伝説があるそうな
呉越の戦いで、越王勾践が呉王夫差を骨抜きにするために送った美女
なお、Wikipediaでも否定されてる俗説なので動画では触れられてないですー

とりあえず范蠡とのハッピーエンドであって欲しいな…
じゃないと、相手の君主をダメにするために送り込まれた挙げ句、ろくでもない死に方するとか、浮かばれなさすぎる(。>_<。)

竹林の七賢

儒教→世渡り 老荘思想→世渡りとかクソで自然にありのまま
という感じみたいですねー
世俗にまみれず生きる的な「賢」らしい
なので、見方を変えるとダメ人間の集まりに見えなくもないw

○【世界史雑学】劉伶【竹林の七賢】

1分程度で面白おかしくまとまっててオススメ
「無為の化」という何もしない策を献上してクビになった裸族
キャラたちすぎw

□【ゆっくり解説】くろまさの中国史人物伝その91「劉伶」【奇人変人祭り第二弾】

竹林の七賢と劉伶を深堀り
ここまでくると展覧会の本筋からはずれるので興味があればどーぞ

○白眼視の元は?竹林の七賢の阮籍を考察

司馬懿の部下だけど酒ばっか飲んで、ろくに働かない人
「白い目で見る」の元ネタはこの人
礼儀を重んじる儒家相手には、軽蔑の意味合いで白い目で見てたそうな

△竹林の七賢(Seven Sages of the Bamboo Grove)【小さな世界史31】

全員紹介してる
語り口が淡々としてて、ちょっと頭に入りにくい

普賢菩薩

○伊藤若冲 釈迦三尊像 / webサイト

たぶん出品されるのは違うと思うけど、若冲の釈迦三尊に普賢菩薩がいるので参考に

△普賢菩薩

1枚だけ伊藤若冲の絵で出てくるので気が向けばどうぞ

  • 文殊と並んで釈迦如来の両脇にいて象に乗ってる

  • 文殊→悟りの知性

  • 普賢→悟りの実践→慈悲の心で行動

  • 真言宗では悟りを求める心の象徴で金剛薩埵と同一視

十六羅漢

十六羅漢図 山口雪渓

十六羅漢は、お釈迦様が亡くなったとき、「仏教をたのむ」と遺言を託された十六人の弟子たち(※)です。
(※)玄奘というお坊さんが訳した『法住記』に記載。

十六羅漢:釈迦が亡くなるときに後を託されたお坊さんたち
十大弟子:後世になってから功績などを踏まえて選抜されたお坊さんたち

十六羅漢と十大弟子がごっちゃになりがちなのでw

◆十六羅漢の主要人物
・びんずるさん→なで仏
・羅睺羅(らごら)→釈迦の実子で十大弟子でもある

十大弟子の方も把握したいけど、難易度高すぎるので次回にw


雪舟のフォロワーたち

狩野派

□狩野派の歴史 / 掛軸塾

狩野派を最初からわかりやすく解説してるけど、今回の展示に必要かと言うと微妙なところ
でも、知っておくと今後の展示のためにも便利です

江戸時代始めに、豊臣・徳川・朝廷それぞれについた家があったことから、江戸狩野と京狩野に分かれて、幕府御用絵師の江戸狩野が優位に立つ

○狩野探幽 / 掛軸塾

狩野派のシステムを作り上げて、めっちゃたくさん絵を描いた人

(狩野探幽の代表作)

山水図屏風(雪舟伝説にて展示)
四季花鳥図

□狩野山楽 / 掛軸塾

今回には直接出てこないけど、狩野山雪につながるので
豊臣家と仲良すぎたせいで豊臣滅亡後に徳川から干された悲劇
やっぱ権力争いは色んな人に影響及ぼしますね…
一寸先は闇だなぁ…

(狩野山楽の代表作)

龍虎図屏風
牡丹図襖

○狩野山雪 / 掛軸塾

養父の山楽が徳川から干されたせいで屈折した思いを抱えてたぽい

(狩野山雪の代表作)

梅花遊禽図襖絵

枝の曲がり具合が意味わかんなくて好きw

○狩野芳崖

  • 長州藩の御用絵師に生まれる

  • 江戸で狩野派に学ぶ

  • 明治維新で藩がなくなって困窮

  • フェノロサや岡倉天心とともに新たな日本画の創造に奔走

  • 「悲母観音」の完成を目前にして死去

まさしく時代に翻弄された人ですねー(。>_<。)
しかし、長州出身だったとは…

(狩野芳崖の代表作)

悲母観音
谿間雄飛図

悲母観音のイメージしかなかったけど、絵を見てみると、日本画に西洋画のエッセンスを取り入れようとしてる感じが新鮮で面白いですー
芳崖の特別展あったら見てみたい…

琳派

○尾形光琳 / 掛軸塾

良いとこのボンボンに生まれて、40くらいまで遊んでるだけのニート
そこから絵師になって数々の傑作を生み出して50代で亡くなる
なんというチート人生…

  • 尾形家は浅井長政に仕えていた縁で、淀殿や江とのパイプがあって、豊臣からも徳川からも仕事があった

  • さらに本阿弥光悦とも親族だった影響で尾形光琳は文化的な素養が育った

  • 40くらいまでひたすら遊んでた、お金は家宝を売ったり兄に借りたりと酷いw

  • さすがにこれはあかんということで40から絵師を目指しす

  • 4年後には法橋になる出世っぷり(僧の位で法印→法眼→法橋の順で絵師が高貴な人と会うためのもらう)

  • その後、江戸で酒井家に仕えて、その時に狩野派や雪舟の影響を受ける

  • それから独立して傑作を生み出して数年後に没

(尾形光琳の代表作)

燕子花図
八橋図
紅白梅図屏風
竹虎図

最後のは京博のトラリンでおなじみの絵ですねー
ゆるくてかわいいw

○酒井抱一 / 掛軸塾

尾形光琳が好きすぎる勝手におじさん
光琳同様に40くらいで本格的に絵師になった人

  • 後の藩主の弟に生まれて兄の影響で文化人に

  • 兄が亡くなり甥(兄)が藩主になり居場所もなくなりヤケクソで出家

  • 40歳くらいの時に酒井家に仕えていた時の尾形光琳の絵に出会ってハマる

  • 勝手に尾形光琳の法要イベントを開いて勝手に展覧会をして図録を作る

  • 勝手に尾形光琳の墓碑を修理、さらに尾形乾山の墓の近くに勝手に石碑を立てる

  • 甥(兄)の後の藩主の甥(弟)は酒井抱一に協力してくれてたらしい

(酒井抱一の代表作)

風雨草花図」通称:夏秋草図屏風

風神雷神図屏風の裏に描かれた
左隻→雷神の降らせた雨が川になってる
右隻→風神の吹かせた風で草が舞う

八橋図屏風

奇想の画家

○曾我蕭白 / 掛軸塾

(曾我蕭白の代表作)

群仙図屏風

○伊藤若冲 / 掛軸塾

4時間半と超濃厚
しんどい場合は、次のやつを推奨

○【伊藤若冲】NHKドラマになったライジング若冲

20分ほどでざっくり解説
今回は若冲展じゃないし、掛軸塾は長すぎるのでこっちもあり

(伊藤若冲の代表作)

『動植綵絵』の内「群鶏図」

その他

○雲谷等顔

ドキュメンタリー形式でわかりやすい。
狩野永徳、長谷川等伯、海北友松に並ぶ、桃山画壇4巨匠の一人
毛利輝元に仕えて、雲谷庵を与えられて、雪舟等楊の「等」の文字をもらって、雲谷等顔と名乗る

(雲谷等顔の代表作)

山水図襖(雪舟伝説にて展示)
山水図屏風(右隻)
山水図屏風(左隻)

○円山応挙 / 掛軸塾

4時間バージョンがあるんだけど、さすがに長いので40分バージョンでOK

(円山応挙の代表作)

金刀比羅宮表書院障壁画のうち瀑布図
金刀比羅宮表書院障壁画のうち竹林七賢図
狗子図

○司馬江漢

江戸のダ・ヴィンチ。
後半生の晩年の奇行を中心に紹介。

(司馬江漢の代表作)

異国工場図
異国風景人物図

雪舟が模倣した中国の画家

□李唐

徽宗の時代に高みに達成されて靖康の変で失われたかに思われた山水画の様式を南宋に伝え、南北両宋の山水画を結びつける役割を果たした。李唐なくしては南宋院体山水画の成立は不可能であった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E5%94%90

□夏珪

南宋の都の臨安の画院で、寧宗の時代に活躍をみせた。とりわけ山水画が有名である。北宋期の風景画が大観的な視点から描いているのに対し、夏珪の画の多くは、画の一角に風景を描き多くを余白にした(「辺角の景」)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E7%8F%AA

□牧谿

漁村夕照図(根津美術館蔵)
煙寺晩鐘図(畠山記念館蔵)
観音猿鶴図(大徳寺蔵)

色んなところに影響を与えた超有名な水墨画家で上記3枚とも国宝
実は見るのはじめてだw
状態の良いものはほとんど日本にあるそうです

牧谿は、13世紀後半の中国南宋末元の僧で、日本で最も高く評価された水墨画家の一人です。
牧谿の作品が日本にやってきたのは鎌倉時代末期(1300〜1333年)。
彼の作品は、のちの水墨画に大きな影響を与え、また日本の水墨画界で最も高く評価されてきました。

□高克恭

中国,元代の画家。字は彦敬,号は房山。西域人を先祖とし,仕官して刑部尚書に至る。初め米【ふつ】(べいふつ),米友仁,のち李成,董源(とうげん),巨然を学び,あらい米点を用いた文人画的山水を描いた。墨竹でも有名。日本に山水画の伝わる高然暉(ねんき)と同一人物ではないかという説がある。

https://kotobank.jp/word/%E9%AB%98%E5%85%8B%E6%81%AD-62026

時代背景

△日本絵画史総まとめ / 掛軸塾

雪舟までの流れをわかっておくとわかりやすいです
江戸まで見れば十分なので、後半は見なくても大丈夫

□【19歳年下の皇帝から寵愛された妃】成化帝妃 万貴妃【ゆっくり解説】 / 咲熊

雪舟は明に渡った後、絵師として有名になって、皇帝にも褒められてる
じゃあその時の皇帝は誰だったのかというと、成化帝
成化帝といえば本人よりも万貴妃の方がキャラが濃いです
なお、成化帝も万貴妃も芸術には優れてたらしいので、雪舟が明に渡ったのは良い時代だったといえます

□大内義興解説シリーズ / しかかく

雪舟といえば大内
応仁の乱あたりから超濃密に解説してます
大内がわかれば、雪舟の動きもわかりやすいです
春木で呉座います とのコラボとあわせてどうぞ
ただし、濃密すぎるので、全部見ると胸焼けするレベルなのが難点w

  • 大内家は応仁の乱の時に西軍方の足利義視に味方してた

  • その足利義視の子の義材が将軍になったので、大内は関係が深めだった

  • 大内義興は明応の政変の時に管領・細川政元と将軍・足利義材の板挟みになって動けなかった(他の大名はみんな細川に味方してた)

  • その辺がめぐりめぐって、最終的に足利義材が大内を頼ることになる

  • その結果、大内が上洛することになるので、雪舟が天橋立を描くことにもつながったぽい(これに関しては私の独自考察)

□周文

国宝 水色巒光図 伝周文
国宝 竹斎読書図 伝周文

雪舟のお師匠さん
相国寺で如拙に絵を習った僧
国宝2枚あるので紹介


雪舟ゆかりの地

常栄寺 雪舟庭

「シティプロモーション動画「大内のお殿様と雪舟」の動画に出てきてた雪舟プロデュースの庭
気持ちよさそう、行ってみたいー

雲谷庵

雪舟四大庭園

ゆかりの庭園をまとめてみようかと思ったら、おにわさん見た方が早かったw

宝福寺

雪舟が幼い頃修行した中国地方屈指の名刹


水墨画のような景色

せっかくだから適当に水墨画のような景色を見ていきましょう
絶景過ぎる…!
(写真クリックで転載元に飛びます)


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