双極性障害の履歴書を書いて自分の障碍を振り返る

 私の双極性障害のエピソードをまとめてみたいと思った。いま一度自分を客観視してみたくなったからだ。改めて振り返ってみたら、何か感じることがあるかもしれないと思った。
 
 私は高校生になるまでずっと、話しかけてもらえないと自分から話しかけにいくことすらできないくらい、おとなしくて引っ込み思案だった。
 でも高校生になって、ようやく世慣れてきたのかもしれない。相変わらず引っ込み思案なところはあったが、仲が良くなった子とは普通にコミュニケーションをとれるようになった。

 ところが、高校三年生になったころからときおり感情を爆発させたり、教師に反発したり、ささいなことで友人と言い争いになりかけて険悪な雰囲気になったりすることがふえてきた。でも、斎藤って思ってたよりもはげしいっていうか、きつい時があるよねwといった感じで、友人関係を損なうほどのものではなかった。

 冬に入るころに鬱になった。ベッドから起き上がることができなくなり、登校できなくなった。家の中を徘徊することはできたから、まだ軽いほうだったと思う。そしてその鬱はひと月ほどでおさまった。
 大学は推薦入学で決まっていたので、受験勉強のストレスが原因ではなかった。高校卒業をひかえ、大学進学を不安に感じてストレスがかかったのがおそらく原因というような、よくわからないけどありがちな診断に着地してしまった。

 その後はしばらくの間は目立った問題行動はおこさなかったと思う。それが二十歳前からか、だれの目にも明らかであるような問題行動を起こすようになった。そしてそれは、高校生のときよりもさらに顕著になった。
 いらいらすることがふえて、それが態度に出るようになった。ささいなことでカチンときて、誰にでも厳しい言葉を投げつけるようになった。衝動的に高額なものを買うようになった。よく言えば積極的になり、初対面の人とも臆さないで話せるようになった。そして開放的になり、陽気になった。ただ、それは絶対にやってはいけないということをするようになった。そしてそれがみなにばれてしまい、友情も信頼関係もすべて破綻してしまった。

 それが数ヶ月ほど続いてから少しの間の寛解期をはさんで寝返りもうてないような鬱になった。ベッドから出ることもままならず、食事をとることも風呂に入ることも、着替えることすらもしんどくてたまらないときもあった。
 鬱はひと月半ほどで回復した。人間関係のストレスが原因と診断された。友人たちから絶縁されたことにショックをうけていたし、自分が何をしたのかもわかっていたから自責の念もつよく、それは相当な苦しみだった。だからそれが原因なのだろうと納得した。
 
 つぎの躁転は新社会人一年目の夏で、鬱状態から回復して半年を過ぎた頃だった。リモートワークだったけれど、それをいいことに遊びながら仕事をしたり、上司や先輩にすぐに口ごたえをするようになった。注意されただけで取り乱して泣きながら口ごたえをしたこともあった。
 いらいらしてつまらないことで同期と喧嘩になったこともあったし、なにかにつけて自信過剰で尊大になり、内心では同期を見下して小馬鹿にするようになった。そういう気持ちはうまく隠しているつもりでもかならず発言や行動にあらわれる。さぞかしきらわれていたことだろう。実際、休職してから心配して連絡をくれたひとはひとりもいなかったし、退職してから連絡を取り合っているひともひとりもいない。

 そして秋に入って鬱になり、欠勤しがちになり休職した。そして結局は退職した。みんなほっとして、ざまあみろとおもったにちがいない。

 このときも最初は鬱と診断されたけれど、数か月後に双極性障害に診断が変わった。そして晴れて障碍者になり、いままでとは違う自分になった。目の前の景色が変わった。これには我ながらおどろいた。

 双極性障害Ⅱ型と診断されたけど、主治医が言うにはⅡ型のわりには重めだから強いて云えばⅠ型半だという。そして障碍者手帳も取得した。等級は二級だった。これが私のあたらしい肩書きなのかとおもった。

 それから後のことも書きたかったけれど、長くなってしまったので別の機会に書きたい。

 雑ではあるけれどもこんな具合に振り返ってみた。そして、高校生の頃から双極性障害の兆しがあって、それが次第に顕著になりながらも私が深刻な病気なんだということに自分自身でも、そして周囲の人たちのだれも気づかなかったんだと思った。このことからも、精神疾患についても双極性障害についても、全くと言ってもいいほど知られていないということがよくわかる。
 そんなわけだから、その人の性格や人格に難があるせいだということで処理されてしまって、病気であることに気づきにくいということが、双極性障害の辛いところだと感じるし、難しいところだなと思う。

 こうして書いてみたものは人生の中の一部分でしかないけれど、自分がしてきたことをほんの一部だけでも書き連ねてみて、ああ、いかにも双極性障害らしいなと思った。それに、双極性障害のよくありがちなエピソードに収まっているから、まあいいやと思えた。
 警察のお世話にもなっていない。希死念慮もそれなりにあるけれど、なんとか無事に生きている。自傷行為はなかなか治らないけれど、それも含めていまの自分を肯定してあげたい。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?