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東京にいたくない。

ずいぶん高い家賃を払って東京の中心地に住んでいた。
近所にはメディアに出ている店がたくさんあって、芸能人もアーティストもお笑い芸人もたくさん住んでいた。彼らと隣り合わせの席で食事をしても「いるなー」としか思わなくなっていた(もしくはそんなフリができるくらいに慣れた)。どんなに奇抜な髪型も服装も浮かない。モデルさんみたいにきれい・かっこいい人がハイブランドの服を着て道をファッションショーみたいに歩いている。ゲイの友だちもいたし、周りの人たちにLGBTQへの偏見は無いように見えた。その中にいる自分をすてきだと思っていた。

ゴミも出し放題だった。聞いた話では、渋谷区が持っている超強力な焼却炉でなんでも燃やせるから、燃えるものor燃えないもので分ければいいと。実際に、金属以外は全て燃えるゴミとしてマンションのゴミ捨て場に毎日出していた。その先は管理人さんが処理してくれるから、ゴミの行く末なんて考えたこともなかった。「お金持ちの渋谷区の強力な焼却炉で焼かれるのだろう」って。

鎌倉に引っ越してまず驚いたのは、ゴミ出しが厳しいこと。まるでパズル。
汚れているプラごみと汚れていないプラごみは出す日が違う。汚れているって感覚には個人差があるよね? 

「個人情報が載っている見られたくない紙ゴミは、裏が白い紙袋に入れて出すこと」
これは今でも理解できない。裏が白い紙袋ってそんなにない。鳩サブレの豊島屋でえんえんと買い物しろってこと?(鳩のイラストが描かれた黄色い豊島屋の紙袋は裏が白い)
ゴミ出しのことを考えるとイラついていた。夏に生ゴミを家の中で保管するストレスは今でも続いている。比べても仕方がないのに、引っ越しを決めたのは自分なのに、「渋谷区はお金があって良かったなあ」ってため息をついていた。

鎌倉に暮らして4年、私に起きた気持ちと行動の変化はすごい。
ゴミをなるべく出さない暮らしが身についている。ごはんは食べ切る。野菜の皮も食べる、どうしても食べられない芯だけを生ゴミにする。(これだって煮込んでスープにすればいけるときがある)
本当にいるものだけを買う、どうやって捨てるのか分からないものは買わない。

周りに意識の高い人が多いから、環境に良い買い物ってなんだろうと自然に考えるようになった。なるべく近くで採れた野菜や魚を食べられる分だけ買って早く消費する。鎌倉にはレンバイっていう農家さんの直売所があるからそれを活用する。
絵に描いたような鎌倉暮らし。朝から出汁をとった味噌汁を作り、2日かけて大豆を茹でる楽しさを知り、パンさえ自分で焼くことがある。

そして気が付いた。
鎌倉に住んでいるのは、こういう暮らしをしたいと願う・誇りに思う人たちなのではないか。
私は正直に言うと、今でもゴミ出しが面倒だし、虫の多さにも辟易している。でもどこかで、「鎌倉に住んでいるのだからこれくらいの面倒や不便は仕方がない」と思っている自分もいる。その町に住むことを誇りに思うとき、町で暮らすための多少の面倒には目をつぶる。そういう絶妙に人心をくすぐる意味で、鎌倉はブランド化がうまくいっているなあと思う。

今では、『鎌倉に住んでいるフリーランスの編集者・ライター』という肩書きから、出会った人が勝手に想像してくれるイメージの恩恵も受けていると思う。

さて、
こうなってくると、次に出てくる感情は「東京にいたくない」。


今でも仕事で東京にいくと行きたいお店が多い。コンランショップに行って、シボネに行って、スパイラルで小さい美術展を見て、代官山のエルベシャプリエを見て、イイホシユミコの器を見て、富ヶ谷のアヒルストアでワインを飲んで、フグレンで美味しいカプチーノを飲みたい。実際に早めに東京に行ってお店巡りをすることもある。
でもね、どこも混んでいるし、本当に欲しいものに出会える確率はけっこう低い。歩いていて誰かがぶつかってきても謝られることもない。みんな忙しそうで大変そうで並んでいる。
そうして思う。東京にいたくない。早く鎌倉に帰りたい。

鎌倉には選択肢が少ない。
気の利いた誕生日プレゼントはまず見つからないし、エルベのバッグもセントジェームスのシャツも手に入らない。今や、大船にあるルミネに行くとちょっと気分が上がるほどになっている。(ルミネなんて東京にいる時は行くこともなかったのに…!)

それでもいい。忙しい人たちが出す殺気だった空気の中を歩くキツさから早く抜け出したい。昨年都内の電車で起きた殺傷事件は、あの環境ならあり得ると理解できそうなくらい、都内はいま変だと思う。少しでも変なことをしたら睨まれるから息をひそめてやり過ごす。自分らしさなんてない。ただじっとして自分の存在を消すことが安全だと感じるから。

コロナが明けて、たくさんの人がマインドセットしたらあの環境は変わるのかな? それとも悪化するのか? 心から良い方に進んでほしいと願う。
私はそこからいち抜けた。


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