毒にも薬にもならない話_88

クラスで一番モテた女子のこと

純粋さと好奇心だけでできているような人だった。高校時代、クラス中の男子が彼女に憧れていると話題になり、実際に告白した人もたくさんいたと聞く。あの黒目がちな瞳でまっすぐに顔をみながら、楽しげに話を聞いてもらえたなら、もっとお近づきになりたいと思うのも無理はないだろう。

でも、少々疑問に思ってもいた。彼女にはクラス中の男子が惹かれるのに、彼女と仲良くしている私に誰も興味を持ってくれないのはどうしてだろう、なんて。彼女と私の違いは何なんだろう、なんて。

高校時代の彼女はまさに才色兼備だった。黒目がちでくりっとした瞳、真っ黒でストレートの髪をシンプルにひとまとめにし、制服は特に着崩さない。声は低めで、華奢すぎる手足は少々骨ばっていて、素朴な印象を与えた。成績は常に上位で、運動神経も中の上で、ピアノが上手だった。クラシックと化学を愛する一方、ドラマや漫画には疎かったように思う。

彼女は決しておしゃべりではないが、何にでも興味津々な様子がとても愛らしかった。英語だって、化学だって、クラスメイトのことだって、興味のあるものは目をきらきらさせてもっと知ろうとするから、先生も男子たちも彼女を好ましく思ったのだろう。見た目とノリの良さだけが大事だと思っていた当時の私には、到底気づけなかったモテの秘訣である。

そしてまた、彼女はとても優しい人だった。自分のことで精一杯の受験前でさえ、ほかの人を思いやる余裕を失わなかった。高3の3学期のことをおぼろげに覚えている。いつからか授業はなくなり、登校も任意の自習期間となったのだが、この期間に先生以上に私の勉強を助けてくれたのは彼女である。彼女がいなければ、私は大学に合格していなかった気がしてならない。彼女は私の恩人でもある。

大学に入学した直後、彼女の一人暮らしの下宿に遊びに行った。6畳ほどの小さな部屋には、ベッドと机とキーボードだけだった。「テレビよりもピアノがある方が楽しいから」とからりと言った様子が忘れられない。18歳の私にはテレビを持たない生活など想像もできず、彼女らしいなぁと驚くばかりだった。

その後も数ヶ月に1回、ご飯にいっては近況報告を重ねた。彼女は高校時代と変わらぬ様子で、合唱サークルと研究に打ち込んでいた。博士課程まで進み、ドイツ留学も経験し、大手メーカーに研究職で就職した。

大学生活が進むにつれ、冴えないファッションに身を包み、旅行や遊びの少ない生活を送る彼女に、「もっと楽しめばいいのに」と感じたことが何度かある。今から思えば、なんて下世話な心配だったのだろう。自分に自信がなくて、まわりに流されてばかりの私は、お洒落な格好をして、飲み会や旅行に飛び回る「リア充」こそが大学生として価値ある姿だと信じていた。中高生のころ意識していたスクールカーストを引きずって。自分なりの価値観をろくに育てることもせず。そんな私とは対照的に、彼女は高校生の頃からずっと、自分の好奇心に正直に自分の道をまっすぐに生きていた。

純粋でまっすぐで、それゆえの強さと優しさを持った人。友人であり、恩人であり、憧れの人。しばらく会っていない彼女の凛とした姿を思い出しながら、少しでも彼女のように生きられたらと思う。

そんな友人と出会えてよかった。

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