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ぬくもりを思い出した日(無意識の欠片#2)

物心ついてから、誰かに抱きしめられたのは、あれが初めてだった。

地下鉄梅田駅の改札前。
季節はクリスマスのころ。
足早に右へ左へ過ぎてゆく人たちの片隅で、彼はわたしを抱きしめた。

あたたかかった。

分厚いロングダウンの上からなのに、彼のぬくもりを近くに感じた。これまでずっと独りで闘ってきた世界で、初めて安心できる味方を得たような気がした。

次の日から、何度も何度も、その場面を反芻した。
「抱きしめていい?」と遠慮がちに聞いた彼の顔も、その腕の中のぬくもりも、地下街の蛍光灯の白い光も、人の目を気にする照れくささも。

彼氏のいる友人たちはこんな幸せを知っていたんだ、と新鮮な驚きをもった。
21歳で初めてできた彼氏、初めてのクリスマスデートの帰りだった。

抱きしめられたときの肌に感じるぬくもり。
これが、安心の感覚。これが、幸せの感覚。
かつて知っていたはずなのに、ずっと忘れていたもの。
自分でもそうと気づかずに、求め続けていたもの。

あれから8年経った。
夫には毎日のようにハグをせがむ。
「はい」と大きく手を広げて、目の前に立つ。
「そんなにすきなの?」と不思議そうにしながら、彼はそれにこたえてくれる。
いってらっしゃいとおやすみの前はマストだって、覚えてくれてありがとう。

最後まで読んでくださってありがとうございます! 自分を、子どもを、関わってくださる方を、大切にする在り方とそのための試行錯誤をひとつひとつ言葉にしていきます。