見出し画像

3歳児には英語のほうが通じる?

冬の寒い日。
お風呂場は湯気がもうもうと立ち込めているけれど、湯船につかっていないと寒い。

カランでの水遊びをやめさせて湯船になんとか入れたものの、3歳3ヶ月のいーよは、すっくと立ったまま。水色の小さな手桶で湯船のお湯をくんでは、浴槽の縁にかけている。

「いーよ、すわろっか」
湯けむりのなかに消えるわたしの声。

ふと思いついて、今度は違う言葉をかけてみた。

3歳を過ぎるまで、わたしの息子は「いーよ」と名乗った。お友達の名前はちゃんと呼べるのに、自分の名前だけは自信満々に「いーよ」と答える。その鷹揚な響きが彼に似合っているから、ここでは彼のことを「いーよ」と呼ぶ。

"Can you sit down?" (座れる?)
まさかとは思ったが、彼は「いえーしゅ(Yes)」と言ってその場に座った。でも、すぐに立ち上がって、手桶でお湯をすくう活動に戻ってしまう。もう少し浸かって温まってほしいし、どうしよう。

"Can you sit down?" (座れる?)
"Can you count from 1 to 10?" (1から10まで数えられる?)

すると、「まーん、つー、すりー」と数え始めたではないか。
日本語で伝えたときよりも、格段に通じている。
英語で言ってみたのはわたしだが、心底びっくりした。


当時、いーよは英語保育園に通っていた。そのため、朝から夕方まで日本語よりも英語を耳にする環境で生活していた。
(ちなみにこれは、家の近くで預けられる園がそこしかなかったという後ろ向きな理由での選択だった。年少に上がるタイミングで、一般的な日本のこども園に移っている。)

それでも、言葉への反応がいまひとつのいーよが、"Can you sit down?"というそこそこ長い文章を理解したことは驚きだった。

すわれる?
すわろっか。
すわって。
すわりましょう。
すわるよ。

日本語ではどう言っても響かないのに、英語だと反応できる。
しかも、「座る」以外の応用も効く。

それで、ピンときた。
日本語は動詞の活用が多すぎて、同じ単語だと認識できないのかも。

英語ももちろん過去形や過去分詞形など、動詞の変化はあるけれど、3歳児への指示に使う言葉はたいてい現在形だろう。だから、長い文章のなかからでも"sit"に気づくことができたのかも。


それ以来、いーよにしっかり理解してもらいたいときは、動詞を文章のなかから抜き出したり、活用しない形で言い直すように心がけている。

たとえば、こんな調子だ。
「今日は、電車に乗って、じいじとばあばのお家にいきます」
「①電車に乗る、②じいじとばあばのお家に行く」

でも結局は、いつのまにか名詞だけになっている。
「①電車、②じいじ・ばあば」

3歳5ヶ月のいーよは、それを復唱しながら、目的地までついてきてくれる。いつでも同じ形で、しかも具体的なイメージのわきやすい名詞は、より鮮やかな印象を、いーよのなかに残すのだと思う。日本語の場合は、とくに。


たとえ、いまは理解できなくても、思ったような反応が返ってこなくても。
いーよ自身が理解し、自ら選んで行動できることが、わたしの望み。

伝わる言葉を模索するうち、思いがけず行き着いた小さな気づきが、わたしをちょっと豊かにしてくれる。


この記事が参加している募集

最後まで読んでくださってありがとうございます! 自分を、子どもを、関わってくださる方を、大切にする在り方とそのための試行錯誤をひとつひとつ言葉にしていきます。