寧静 ー祖母の思い出ー
待ち合せのロビーで、祖母は、一人がけのソファーに佇むように座って私達を待っていた。
その前日、京都のこの老舗のホテルで、妹が結婚式を挙げたばかりだった。
「二人で観光してもよかったろうに、誘ってもらって悪かったねぇ。」
祖母は少し困ったように言って、私と夫の後ろを小さな歩幅で着いて歩いた。
「せっかくの京都だから、おばあちゃん、きっと紅葉見たいと思って。」
答えたけれど、祖母と一緒に紅葉を見たかったのは誰より私だった。
今思い出しても、祖母との間には悪い思い出が一つもなかった。そんな人は、おそらく彼女だけだった。
十九で故郷を離れて東京に出て、いつだったか一度だけそのことを葉書に書いて送ろうとしたことがあったけれど、結局送れなかった。
今は駐車場になってしまった祖母の家の跡を、私はまだ一度も見ていない。
あの時の、静かに座る祖母の姿が、今も私の心を柔らかく温め、ぼんやりとしめつけている。
最後まで読んでいただきありがとうございます!心から感謝します。