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イギリスの公共サービス通訳について

イギリスには、世界中からあらゆる言語の通訳者が集まっています。当然ながら、公用語の英語を起点言語として、様々な言語への通訳が必要とされます。

イギリスの通訳者は二種類

一般的にイギリスでは、通訳者の種類が大きく二つに分かれています。一つは国際会議などで同時通訳を行う「会議通訳者(Conference Interpreter)」です。これには、広範囲なビジネス一般の会議も含まれます。そしてもう一つは、「公共サービス通訳者(Public Service Interpreter)」です。こちらは、病院、警察、裁判所、移民管理局などの、国が運営している公共サービスでの通訳業務です。ちなみにイギリスの医療制度は、国が一括で管理・運営しています。通称NHS(National Health Service)と呼ばれる国民保健サービスが、全ての人に無償で提供されています。

もちろん、この二種類をどちらかだけ専門に行っている通訳者もいますし、両方の通訳を提供している人もいます。どちらかに決めなくてはいけないということはないのですが、双方で必要とされる通訳スキルや専門性が全く異なるため、このように区分されています。一番大きな相違は、その料金体系です(これについてはいつか機会があったら書いてみたいと思います)。私個人は今のところ、両方の通訳サービスを提供しています

今回は、後者の「公共サービス通訳」とその資格試験(DPSI)について書いてみたいと思います。

公共サービス通訳の資格試験

イギリスでは、公共サービス通訳者は「PSI」と呼ばれます(Public Service Interpreterの頭文字から)。多くの場合、PSIはイギリスで公共サービス通訳を提供するための認定資格を取得しています。もちろん、資格取得は公共サービス通訳をする上で絶対条件ではありませんが、かなりの専門用語を理解している必要があります。そのため、公共サービス通訳者を派遣するエージェント側が、この資格取得を登録条件にしていることが多いです。この認定資格はChartered Institute of Linguists (CIOL)という英国の通訳・翻訳業界団体が主催しており、DPSI (Diploma in Public Service Interpreting)試験とよばれています。私は2020年11月にこの試験を「イングランド法」分野で受験しました。この分野では、民事・刑事両方を含む法廷での審理や、警察署での事情聴取、弁護士とのやりとり、移民局での通訳が主な認定範囲となります。他にも、医療分野や地方自治体に特化したDPSI試験があります。しかし、イングランド法でPSI資格を取得していれば、ほとんどの場合、医療分野や自治体分野でも、通訳サービスを提供できるそうです。

DPSI試験の構成

DPSI試験は、5つの科目に分かれています。資格取得のためには、この5科目全てに合格する必要があります。部分的に合格した場合、不合格だった科目を3年以内に取得すれば良いことになっています(2021年1月現在)。5科目の内訳は以下です:

Unit 1: ロールプレイによる逐次通訳、同時通訳試験 (英語⇆別言語 双方向で)
Unit 2: サイトトランスレーション(別言語から英語へ)
Unit 3: サイトトランスレーション(英語から別言語へ)
Unit 4: 翻訳 (別言語から英語へ)
Unit 5: 翻訳 (英語から別言語へ)

出題範囲は、上記のようにイングランド法に基づいた裁判所、警察署、移民局などの内容となります。この試験は、多種多様の言語を対象に行われますが、試験内容と起点言語(英語)は共通です。(※サイトトランスレーションとは、文書形式で与えられたものを、その場で読むと同時に、声に出して訳出していく手法です。)

受験対策は?

独学で勉強して受験することも可能だと思います。私個人は、全く馴染みのない分野なので、効率的に学習するため、ロンドンメトロポリタン大学が提供している試験対策の短期コース(週1回、約半年間)を受講しました。このコースは2020年1月から開催されました。1~2月はロンドンにあるキャンパスまで通学したのですが、3月のロックダウン以降、やはり授業はオンラインに移行しました。当初、DPSI試験は6月に行われる予定でした。しかし、コロナ禍により8月に延期。しかし、それも再度延期となり、最終的に受験できたのは、2020年11月になりました。5月には短期コースが修了していたため、11月までの間、ひたすら一人で受験準備となりました。ただ、試験が延期になったことでよかったこともありました。それは、それまで対面形式で行われていた試験が、5科目ともオンラインに移行したことです。特にUnit 4とUnit 5の翻訳科目は、なんとそれまでずっと「手書き」形式で行われていたのです。しかも鉛筆ではなく、消すことができない油性ペンの使用のみ、という地獄のような試験でした。しかし、オンラインに移行したことで、PC上の試験専用プラットフォームから、入力できる形式になったのです。これまでこの試験を受験してきた方々から、手書きがどれほど大変か聞いていたので、この点は正直ホッとしました。ちなみに、この翻訳試験のみ、紙の辞書の使用が認められています。

専門用語とサイトの日々

受験対策の短期コースでは、通訳スキルのみでなく、イギリスの司法制度を大まかに学びます。その際、イギリスで逮捕された場合、警察署での事情聴取、検察が起訴するまでの流れ、裁判所での尋問の段取りや、犯罪、量刑の種類まで、幅広い分野をカバーします。その過程で専門用語も覚えていくのですが、言葉だけでなく、その背景やイギリスの法律の仕組みについて調べることに、多くの時間がかかりました。その時期は、YouTubeで警察の事情聴取の動画や、犯罪現場のリアルな動画にハマったり、ひたすら用語をメモしながら刑事ドラマを見たりもしました。個人的には、試験科目にあるサイトトランスレーション(通称サイトラ)の練習が、自分の通訳スキル向上に大いに役立ったと感じます。それまで私は、通訳訓練としてなぜサイトラがそんなに重要なのか、いまいち理解していませんでした。でも、試験科目だからと仕方なく練習を開始。当初は、あまりにもサイトラができない自分にイライラしましたが、とにかく毎日続けることにしました。その結果、同時通訳のスキルに直結したと思います。

受験当日

試験日程は、オンラインとはいえ、二日間に分かれていました。1日目にUnit1, 2 & 3、2日目にUnit 4 & 5でした。1日目の通訳試験は、オンラインのプラットフォームに各自の入室時間が指定されており、自分と試験官のみで行われる形式でした。当日、ドキドキしながらログインしましたが、待たされること40分以上!あらかじめ知らされていた主催者側の電話番号に問い合わせると、試験が遅延しているとのこと。最終的には、主催者側から直接電話があり「準備ができたので入室してください」と指示がありました。まずプラットフォームにログインしたところで、本人確認のためパスポート提示による身分証明がありました。そして大幅の遅れがあったものの、通訳とサイトトランスレーション科目を無事に終了することができました。2日目の翻訳科目は、各Unitでそれぞれ70分間の回答時間です。両方の言語を1日で行います。オンラインのプラットフォームで翻訳を行いますが、不正行為を防ぐため、カメラはオンの状態です。その間に、試験官が何度かチャットで話しかけてきて、「いま手元に参照しているものをカメラで見せてください」と抜き打ちチェックが入りました。これは、試験で許可されている紙の辞書のみを使用しているか、スマホや電子辞書を使用していないか確認するためです。また、プラットフォーム上で画面共有されているので、使用しているPC上でネット検索をしていないかもチェックされてるようでした。

結果として

11月の受験から3ヶ月後、無事に合格通知を受け取ることができました。ただイギリスで、日本人が犯罪者となり警察署や裁判所で通訳を必要とするケースは他の言語に比べると、非常に稀だと思います。しかし言語によっては、移民が多く、入国管理局で通訳の需要が多い場合もあります。また犯罪による通訳者の需要も、同じく言語によるでしょう。でも、この資格を取得したことで、機会があれば通訳をすることができますし、The National Registrer of Public Service InterpretersというPSIのリストに登録することができます。これはイギリスで公式に認定された通訳者としての証明になります。また何より、私自身がイギリスに暮らす移民として、この国の司法制度や公共サービスの仕組みについてより深く学ぶことができたことは、大変たいへん有意義でした。

以上、イギリスの公共サービス通訳資格試験(DPSI)について簡単に振り返ってみました。


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